社会科授業づくり講座 7月フィールドワークの報告

By | 2018年7月26日

「戊辰戦争150年」の上野を歩く 2018年7月15日(日)            
 講師 東海林次男さん  参加者 25名               

<講師からのコメント>
 今回は、猛暑の中、江戸・幕末維新・戦時下の3つの時代の上野を歩きました。
ライトアップをするほどの人気があった上野大仏。関東大震災で頭が落下したこ
とから忘れられていきました。それが合格大仏として売り出した5,6年前から、
また知られるようになりました。戦時下の金属供出があり、もうこれ以上落ちな
い大仏に。商売上手ですが、方広寺大仏に見立て、3度も地震にあい、金属供出
もあったんだよ、ということは語らせたいですね。同様に、本坊表門や「戦死之
墓」、「慰霊碑 哀しみの東京大空襲」などにもそれぞれの思いを。語らせるの
は、あなたです。
 
<参加者の感想(抜粋)>
*東海林さんにはたくさんの写真・地図など、資料を用意していただき、大変分
 かりやすく学ぶことができました。次の3つのことが、強く残りました。
・寛永寺の広さに、あらためて驚きました。天海は江戸城の鬼門を守るため、京
に範をとり比叡山を東叡山、延暦寺を寛永寺。琵琶湖は不忍の池で竹生島を弁天
島として築かせたと知りました。そういった考えは、天下統一を終えたばかり
(江戸という日本の片田 舎に都を築いた江戸幕府にとって)の江戸幕府には心
強いものがあったと思います。天海の出生がある程度明らかになる、川越の喜多
院に天海が眠るミニ東照宮のような「慈眼堂」がある理由が納得できました。
・せっかく無血開城し江戸城に入れると思った明治新政府にとって、徹底抗戦を
叫ぶ彰義隊は頭の痛い問題だったと思います。明治政府は、西軍を官軍、東軍を
賊軍といい戦死者を弔わない上野戦争は、その後の政府の「西南の役(日本国で
はない国との戦さ)」、「琉球処分(琉球王国をなくす)」、韓国併合(植民地
政策)、満州国(植民地政策)といった侵略戦争への道の第一歩でした。天皇を
守る、天皇のために死ぬといったことがすでに始まっているように思いました。
・東京大空襲における「逃げるな、火を消せ」という「防空法」は、ひどいです
ね。

*東海林先生、暑い中、案内と説明ありがとうございました。
 上野は何度も訪れているのですが、社会科的な内容は何も知らなかったのだな
と気付かせて頂きました。特に、京都を模して作られているということが印象に
残っており、是非、自分でも生徒に伝えていきたいなと思っています。戦争や空
襲に関する史蹟も多く、時間をかけて歩いてみると、総合的に学べる良い場所だ
なと勉強になりました。準備等、時間をかけて頂いたと思います。本当にありが
とうございました。 

*いつもぶらぶらと歩いている上野公園。これまでも見えていたはずだったのに、
私は何も知らずにいたのだな。もったいなかったなぁ。知らないことを知るって楽
しいなぁと、小学生のようにわくわくして1日を過ごしました。そして、教師はこ
んなに楽しい思いを提供できる存在なのだ!と、改めて実感しました。自分もそう
なりたいと強く思います。参加して本当によかったと思いました。ありがとうござ
いました。 
      
<担当実行委員から>
 今年度のフィールドワークも猛暑の中でしたが、25名の参加者のもと安全に実
施することができました。上野の街には、動物園や科学博物館、アメ横だけでなく、
東京大空襲の慰霊碑、彰義隊の墓や上野大仏、徳川家に関する寛永寺などたくさん
の歴史であふれていることが今回のフィールドワークでわかりました。今回は、中
学生(6名)や特別支援学校教員(5名)など、社会科に携わる教員以外の方の参
加もあり、沢山の方と学びを共有できたことが嬉しかったです。これも実行委員の
呼びかけ、そしてわかりやすい資料と丁寧な解説で上野の街を案内してくださった
東海林先生のお力添えがあったからだと思います。ありがとうございました。

  次回の9月講座。道徳の授業についてのお話も楽しみです。
 よろしくお願い致します。