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編集長日記(11)「『平成の30年・ポスト冷戦を問う』は最現代史の1冊です!!」

編集長日記(11)

「3月増刊号『「平成」の30年・ポスト冷戦を問う』は最現代史の一冊です!!」

〇新型コロナウイルス蔓延の今に思う!!

新型コロナ流行を受けて、3月初めに小中高校の一斉休業が始まった頃、3月増刊号が校了になりました。「平成」から「令和」の代替わりを受けて市中に出回る所謂「平成本」に対抗して、最現代史を歴教協の立場から振り返った1冊です。

昨今の政府の場当たり的な感染症対策を、テレビや新聞、あるいはネットなどの報道で見るにつけ、現代の日本の社会が緊急事態に極めて脆弱であることを実感していますが、それがこの「失われた30年」といわれる「平成」の時期に生み出されていったことを、この増刊号が教えてくれます。

例えば、先日の報道で、この30年で地域の保健所が全国で半減し、1989年の848カ所から2018年の469カ所になってしまったことを知りました。保健所といえば、コロナ感染を確認するPCR検査の受付窓口となる感染対応の最前線です。ここが経済効率の名の下に急激に減らされていたのです。まさに新自由主義による資本主義の暴走を如実に示す事実です。

今回の増刊号の論稿では、巻頭のフリージャーナリストの斎藤貴男さんへのインタビュー、経済学の金子勝さんの「バブル崩壊以降の日本経済の三〇年」、国際関係史の木畑洋一さんの「冷戦後の国際関係」、日本現代史の菊池信輝さんの「五五年体制の崩壊から連立政権の時代へ」などをお読み頂くと、格差が常態化して貧困が蔓延している日本社会の混迷が、どのような世界情勢に翻弄され、その中でどのように日本政治が迷走して、経済政策などの失策が積み重なって、生まれてきたかがよく理解できると思います。

そうした「失われた30年」の上に襲ってきた新型コロナには、まったく適切な対応が出来ない政治の貧困は、残念ながら当たり前としか思えない悲しい現実があります。ここからどう日本を再生させていくのか、すべての人々に問われている課題でしょう。そして、上記の研究者などの歴史や社会分析とは別に、地域からの市民運動や学校現場の報告をお読み頂くと、極めて困難な状況の中、子ども食堂を運営したり、原発再稼働にストップを掛けたり、外国人の子どもたちの生活支援などに邁進する人々の真摯な努力がわかり、希望の光が見えてきます。是非とも、それらの地域などの報告もお読みください。

〇「平成」を敢えて書名に掲げました!!

ところで、3月増刊号年号は、発刊前から今後の刊行予定で特集の仮題名をご覧になった会員や、編集委員や常任委員の間からも、歴教協として天皇制そのものである元号を認めるのかという趣旨の批判が数多くありました。しかし、一方で元号が問題だからこそ、今回の特集には意味があるという意見も多数頂きました。この号は、私も直接編集担当として企画案を提案し、執筆者の人選にあたるなどしましたので、こうした反応は想定内のことではありました。というより、こうした対立する反応を敢えて覚悟してでも、「平成」とはどんな時代だったのか、多くの方に関心をもって考えて頂きたいという思いがありました。そのため、「 」づけですが、敢えて元号を表題に掲げました。天皇制における元号の意味については、巻頭論文の歴教協委員長で近現代史家である山田朗さんの「『平成』・『令和』の象徴天皇制と歴史認識を問う」に詳しく述べられていますので、まずは、特集の趣旨を理解頂くために、山田論文から読んで頂くことをお勧めします。

「授業とは、問題提起である」、長年高校現場で「考える日本史の授業」と称して、生徒を主役とした討論授業を追求してきた千葉県歴教協の実践家加藤公明さんがよく支部例会で口にされてきたことです。実は「歴史地理教育」の編集においても、特に特集の企画にあたって、「編集の企画は、問題提起であるべき」と考えています。それは正答主義を乗り越え、どこに問題があるのか、読者と共に考え、読者それぞれがその正解を追究して頂きたいとの思いで特集の企画を立て、編集をしているからです。元号を表題に掲げた本号は特にそうした思いを込めて編集にあたりました。(若杉 温)

2020年5月号「憲法を守り、活かす社会へ」の読みどころ

「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」(第12条)。

 日本国憲法公布から74年。 改憲の動きが加速する中、それに抗する「国民の不断の努力」が憲法を守り、活かす社会となることに焦点をあてました。(河合)

2020年4月号「どう読む 記紀・万葉集」の読みどころ

  昨年、万葉集が「令和」改元の典拠とされました。そして、今年は日本書紀成立から1300年。記紀・万葉集に対する関心が高まっています。広く読み継がれてきた記紀・万葉集ですが、近代には国民統合に利用された面もあります。        

 いま私たちは、記紀・万葉集をどのように読むべきかなのか、奈良時代の最新の研究に学びながら、考えてみました。                 

 

 

 

編集長日記(10)をブログにアップしました

ブログに編集長日記(10)として

「3月号の『僕は17歳、今も東京に避難しています』は必読です!!」の題で、3月号「災害列島日本の現実に立ち向かう」の特集について、内容紹介を書きました。毎月新しい号が出るたびに「読みどころ」として簡単な編集のねらいなどを紹介していますが、今回は東日本大震災9年目ということを考え、論稿1本ずつの紹介をしてみました。ブログをご一読くだされば幸いです。

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編集長日記(10)「3月号の『僕は17歳、今も東京に避難しています』は必読です!!」

編集長日記(10)

「3月号の『僕は17歳、今も東京に避難しています』は必読です!!」

〇3月号は9年目の東日本大震災・福島第一原発事故、昨今の風水害を特集しました

 最近のコロナウイルスの問題などを見ても、現在の日本や世界が置かれている状況は、災害多発そのもので、私たちを取り巻く環境がただならぬものがあるのは明らかです。東日本大震災から9年目を迎え、復興五輪などという言葉がまったく絵空事に思える問題が多発しています。未だ避難者の方々が5万人近く存在し、しかもその大半の約4万人が原発事故によるものであるという事実を重く受け止めて、今後の私たちが進むべき社会の方向を模索していく必要を感じます。

 そのような問題意識で、3月号の特集は「災害列島日本の現実に立ち向かう」という題名で、その災害多発状況に日本列島について考えました。表紙の写真は長野県の千曲市土口の水没した水田に流れ混んだ稲わらの写真です。奥に家屋が写っていますが、水害の恐怖が際立って伝わってくる一枚です。提供者はご自身も今回の水害で被災された飯島春光さんです。飯島さんは今年の歴教協の愛知・東海大会の地域実践報告で、長野県の戦時中の満洲移民の問題について講演される方です。

 

〇まずは原発事故からの避難を体験した高校生の切実な訴えにご注目ください   

 今回の特集は5本の論稿で構成しました。内訳は内容から論文3本、地域報告の手記1本、授業実践報告1本です。中でも注目頂きたいのは、特集の4番目に掲載した高校生の鴨下全生さんの「僕一七歳、今も東京に避難しています」という4pの手記です。鴨下さんは8歳の時にふるさと福島で原発事故に遭遇し、家族で東京に避難し、高校生になった今でも、東京での避難生活を余儀なくされています。その間に住居を転々として、転校先でもいじめに会い、苦しんだ生活が綴られています。読むほどに高校生の豊かな感性に脱帽です。

 鴨下さんは、この原発問題の苦難を昨年11月に来日したフランシスコ教皇に訴える手紙を書いてバチカンに招かれ、教皇に謁見して原発事故の被害や日本政府と東電の責任について訴えました。そして教皇来日の際には、さらに福島の人々の苦難について具体的な状況を伝えました。、手記ではそのメッセージの全文も掲載しています。しかし、この発信から彼は大きな非難を浴びることとなってしまいました。それは、「・・・それでも避難できた僕らは、まだ幸せなのだと思います。・・・」という言い方から地元福島に残った人々が不幸であると述べたとの思わぬ非難でした。被災者の分断がこれほど深刻なのかと思わされる事実です。授業でこのまま全文を紹介して、原発問題を広く現代社会のあり方全体を問う形で、授業化していってはどうでしょうか。以下、特集の他の論稿についてもご紹介します。

 

〇巻頭論文は岩淵孝さんの「社会の力で命を守る防災・防災教育を」です。

 岩淵孝さんは歴教協で毎年1月中旬に主催している中間研究集会でも災害問題について講演してくださった方で、ご専門は地理学です。東日本大震災後に話題になった「津波でんでんこ」という言葉への批判が持論です。津波でんでんこは災害にあったら、各自の判断で逃げることが大切で、みんな一緒にという考えでは、被害が拡大するという教えとされています。岩淵さんはこれは新自由主義で広まった自己責任論に通じるものがあるとして、行政などの災害対応への責任放棄を生むと主張されています。今回の巻頭論文でもこの問題を取り上げています。もう1つ今回の論稿で強く主張されているのは、西日本豪雨の実態を説明する中で、今回の災害はそれまでの行政の対応から考えて自然災害ではなく、行政の怠慢による人災であると断定しています。その根拠については岩淵論文に譲るとして、その人災ではないかという視点は災害問題や温暖化などの環境問題を考える大切な視点であることは確認しておきたいと思います。

 また、西日本豪雨自体の詳細は、特集の2番目に掲載した磯部作さんの「豪雨災害地域に対する行政等の対策の状況と問題」に詳しく解説されています。災害対応の問題点を多角的に提示されているところが光る論稿です。様々な問題点を明確に理解できる内容です。

 

〇福島第一原発事故はまったく収束の方向が見えません!!

 福島第一原発事故の現在については、特集の3番目の論稿として伊東達也さんの「福島原発事故発生から九年、福島から」を掲載しました。今年は3月11日前後に2011年から9年目ということで、多くのテレビ番組でこの事故の問題が取り上げられていました。それらを見ながら、伊東さんの論稿を読むと、問題の深刻さ、特に未だ解決の方向が見えない多くの問題が実感をもって見えてきます。避難解除宣言が出されても帰らない住民の多さ、福島県民の生活を支える生業の回復度の低さ、政府や東電の被災者支援の打ち切り、事故の法的責任が問われず、損害賠償が未だ確定しない状況、事故収束の様々な課題(使用済み燃料や溶けた核燃料であるデブリの取り出し、汚染水の増加とその処理、施設そのものの劣化など)を具体的な問題点を指摘しています。

 そして何より「原発ゼロ」、「核燃サイクルからの撤退」という今後の社会全体の大きな展望を論じています。「原発事故被害いわき市民訴訟原告団長」という立場の伊東さんの運動を通じての切実な訴えが論稿全体から読み取れます。4月からの新年度で、中学の公民や高校の現代社会の授業開きに原発問題を取り上げるとしたら、絶好の教材となる思います。

 

〇授業実践報告は「なぜ和歌山に原発がないのか」です

 最後に原発関連の授業報告を掲載しました。和歌山県歴教協の横出加津彦さんの高校での実践です。地元和歌山で実際にあった原発誘致反対運動を取り上げて、原発誘致の是非を生徒と考える横出さんならではの地域に根ざした意欲的な実践です。これも4月からの授業のために是非ご一読頂きたく思います。(若杉 温)

編集長日記(9)「いまこそ積読解消のチャンスです?!」

〇今年も3ヶ月が過ぎました

 2020年もはや3ヶ月が過ぎ、『歴史地理教育』も既に3冊刊行しました。1月号は「オリンピックの光と影」、2月号は「からみあう学校と受験産業」、3月号は「災害列島日本の現実に立ち向かう」です。

 1月号のオリンピックの特集は、もちろん2020東京オリンピックを意識しています。3月号は例年通り、震災9年目の災害・原発事故にこだわりました。そして、間の2月号は、昨今とみに学校に関わっている受験産業の問題を取り上げました。「からみあう」という表現に、学校との関係がただならぬものがあるとの意味を込めました。

 コロナ騒ぎで騒がしい状況の今こそ、落ち着いて、社会の問題に目を向けるために、『歴史地理教育』を手に取って頂けると、有り難い限りです。

〇常任委員会でも合評しています

 最近、全国各地の支部ニュースを拝見していると、『歴史地理教育』の輪読会、合評会が盛んに行われています。編集している身としては、有り難い限りです。本部の常任委員会でも、編集以外の担当の副委員長を中心に、講評をしてもらい、毎号の内容を反省して、次回以降の編集の糧とさせて頂いています。2月下旬の常任委員会でも、1月号、2月号の講評がありました。

1月号「オリンピックの光と影」は、オリンピックの歴史とその実際を特集しました。歴教協らしい切り口で、復興五輪という政府の謳い文句と実際の乖離、経済効果への疑義、アメリカのテレビ局の放映権料の問題など、オリンピックの批判すべき側面に注目しつつ、スポーツの祭典開催を喜ぶ世論にも配慮して、オリンピックの光と影の両面を特集しようと企画しました。

しかし、実際はオリンピックの影の部分に光を当てた特集になったとの講評がありました。現在は新型コロナの流行の拡大で、開催が危ぶまれる状況ですが、中止や延期といったことが議論されることで、現代の世界でオリンピックがもつ大きな社会的影響がよく見えると思われます。それを考えるためのヒントに、1月号の特集を参照頂ければ幸いです。

 特集以外で特に注目されたのが、1月号から始まった三重県歴教協の草分京子さんの小学校の実践報告の連載です。実践報告を読みながら涙が止まらなかったのは、初めてという講評者の感想が印象的でした。格差や貧困が常態化した今の世の中で、両親を失いながら懸命に生きる小学生の日常に寄り添いながら、生活のありのままを子どもに綴らせながら、子ども自身に生活の困難さと向き合う中で少しずつ成長していく様子が感動的な実践記録です。既に3月号まで刊行していますが、6月号までの長期の連載です。ご期待ください。

 2月号「からみあう学校と受験産業」は、大学入試の共通テストの最近のゴタゴタで浮き彫りになった学校と受験産業の関係に切り込んだ、『歴史地理教育』には珍しい特集です。というのは、歴教協では私たちのめざす歴史教育、社会科教育は受験教育とは別個のものという考えが強く、両者の学力観も基本的な認識を異にするという前提がありました。

 しかし、小中高どの校種でも現在では受験産業との関わりが圧倒的で、学力テストや模擬テストなどの回数は普段の授業時数を圧迫する勢いです。それでもそうした外部テストのデータは、進路指導のためには欠かせないものとなっています。塾や予備校の存在は、第二の学校といっておかしくないでしょう。こうした状況を踏まえて、今回、受験産業を特集することとなりました。

 その受験産業の中でも最も大きな企業であるベネッセについて、各所で論じられていることから、今回の特集の企画では正面から取り上げることをしませんでした。そのためか、常任委員会での講評では、今回の特集は学校と受験産業の実際を特集したもので、その問題点が見えてこないとの意見がありました。もちろん問題があるからこそ特集しているわけで、それを直視しないつもりはありません。しかし、見方を変えればただ問題だといって関係を最小限に抑えればいいというレベルでもないほどに、既に深い関係が出来てしまっているということです。そうしたことを意識して、お読み頂くと、様々な発見がある特集となっているかと思います。

 今回は大夫長くなってしまいましたので、3月号については、3月増刊号と合わせて、次回の編集長日記でご紹介したいと思います。

(若杉 温)

 

 

2020年3月増刊号「『平成』の30年・ポスト冷戦を問う」の読みどころ

 1989年、ベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦が終結に向かいました。その年初め、日本では昭和天皇が亡くなり、元号が「平成」に変わりました。この2つの出来事が偶然ながら同じ年に起こってから30年、日本も世界も激変しました。

 グローバル化が進行する中で、新自由主義といわれる資本主義の暴走はとどまることを知らず、日本では格差が広がり続けています。それはまた、日本の対米従属がより強化された30年であり、豊かさを求めながら幻想に終わった「失われた30年」でした。

 その歴史を振り返り、現代の日本や世界、そして地域の人々の生活の実情を探り、私たちはこれからどこに向かおうとしているのかを特集しました。あるべき未来について考える一助となることを願っています。

2020年3月号「災害列島日本の現実に立ち向かう」の読みどころ

  福島第一原発事故は、発生から9年経った今もまったく収束していません。その一方で、現地では国や東電による被災者支援の打ち切りや被災地の荒廃といった厳しい現実があります。

  また、3・11後も巨大地震や地球温暖化の影響ともいわれる豪雨などによる災害で、多くの尊い命が失われています。

   本号では、この災害列島日本の現実に、人びとがどのように立ち向かい、命とくらしをどのように守ろうとしているのか、特集しました。