< 仲間たちの声 1 声2 声3

2001/04/01〜07/23(10/30)

 
★ 「つくる会」教科書採択しないで!緊急行動
「人間の鎖で市教委を囲みましょう!」
  • 7月24日(火) 午後1時 国立市役所正面入口集合
  • 思い思いの言葉を書いた布やハンカチをもって国立市の教育委員会に、私たちの意志を伝えましょう
主催:国立市教育委員会が「つくる会」教科書を採択しないように求める人間の鎖実行委員会
連絡先:042−573−4027/090−7213−0929
    国立市役所への交通手段
    中央線国立駅から「矢川駅行」バス乗車、「市役所入り口」下車
    南武線谷保駅から立川方面へ線路沿いに徒歩3分
2001/07/23記
★ 教科書採択はいよいよ最終段階になってきました (東京・男性)
「つくる会」教科書の不採択が決まった地区(7月20日現在判明分)は次の通りです。
北海道:帯広市、函館市、小樽市、室蘭市、夕張市、岩見沢市、苫小牧市(以上単独採択地区)
石狩、釧路、日高、留萌、渡島、空知、上川、宗谷、網走、根室、釧路市と釧路町(以上共同採択地区)(残り6地区)
福島県:郡山市
栃木県:河内(宇都宮市など)、上都賀(日光市など)、足利市
群馬県:全地区
千葉県:4地区(非公開のため地区名は表示しない)
神奈川県:川崎市(全4地区)、横須賀市、湘南(鎌倉市など)
東京都:狛江市
新潟県:上越市、柏崎市、新潟市
静岡県:全地区
愛知県:名古屋市
京都府:京都市(全3地区)
大阪府:堺市
和歌山県:西牟婁(田辺市他)、1地区(非公開のため地区名は表示しない)
兵庫県:神戸市、伊丹市
徳島県:全地区
佐賀県:全地区
大分県:別府、佐伯、日田
沖縄県:全地区
来週は東京都の採択が最初の山場を迎えます。これまでの情報で、少しでも危ない情報があったところの採択日の日程をお知らせします。
国立市   23日、24日 公開
杉並区   24日、25日 公開
小平市   19日、26日 公開
八王子市  27日 公開
大田区   23日(27日の情報もある)、8月13日 非公開
豊島区   24日、8月6日 非公開
調布市   8月1日、3日 公開
荒川区   27日、8月6日 非公開
練馬区   8月7日 非公開(公開の情報もある)
まずは、23、24の国立、24、25の杉並で絶対に採択させないことが重要です。全国的な流れは、どこでも不採択ということで、私たちに有利に展開していますが、気を抜いたり、手を緩めることは出来ません。「つくる会」側は、予想以上の苦戦にあせり、国会議員、地方議会議員が前面に出てくるなど、形振りかまわない攻勢、最後のあがきを強めています。公立ゼロにならないよう、東京で巻き返しをねらっていると思います。
2001/7/20
★ 「日韓の集い」で紹介された韓国学生のアンケート翻訳の一部ができました (愛媛・男性)
1、普段の日本に対する考え
2、日本の歴史教科書歪曲事件以降の日本に対する考え

1、私は、いつの頃からか独立運動の偉人伝や歴史の本を多く読んできた。これらの本を通じて、日本人がウリ(わが)民族とウリナラ(わが国)に対して行った蛮行について知るようになった。そうして私は、幼い頃から日本に対する強い敵愾心を持っていた。自分の過ちを認定せず、正当化する彼らが限りなく憎かった。そして、昔のわが先祖たちがいなければ、今の日本が存在もしなかっただろうという偏狭な考え方を持っていた。しかし、日本文化の解放が始まって以来、日本文化に接しながらすぎた過去にのみ執着して現実をまっすぐに見れない自分を知るようになった。今の日本は世界で2番目の経済大国で、文化先進国だということがわかった。
 いまや新千年を迎え、日本と私たちは過去の歴史を整理して、ともに歩まなければならない。むやみやたらと過去にのみ執着して日本の文化を拒否するよりは、彼らの文化を学んで自分たちの物にし、日本とともに発展していくべきだ。しかし、過去の歴史に蓋をして通り過ぎようというのではない。日本は私たちに謝罪と被害者に対する補償をしなければならない。そして、これ以上この問題を時間に任せてはいけない。政府がすすんでこの問題を挙論し、日本に対する積極的な態度を取らなければならない。当時の被害者たちに、彼らがいるからこそ存在するわが国が、最小限の誠意を示すべきだと考える。
2、昔から日本の極右勢力は、日本の韓国に対する植民地支配を正当化しようとした。今回の歴史教科書歪曲問題も同じだ。このようなことは日本に対するわが民族の反感を買い、二国間の摩擦を生みもする。ところで、このようなことが果たして彼らだけの過ちなのか考えてみるべきだろう。彼らがしていることを、日本国民とわが政府、わが民族は知りながらも傍観してきたのではないのかということだ。日本の極右勢力が歴史を歪曲して自身を正当化するたびに、沈黙してきた彼らがまさに歴史教科書を歪曲させたのではないのかを考えてみるべきだろう。このような事件が起こるたびに無関心で、若干の関心さえも時間がすぎれば忘れ去るとい
う、このことを日本の極右勢力が狙っていたのではないのか…。 日本に対する私の認識が変化しているようだ。特に、今回の事件を契機に、である。昔は、一般的に日本全体に対する強い敵愾心を持ってはいたが、今回の事件を契機に日本でも一般市民と市民団体が、歴史教科書は良くないと批判していたということを知るようになった。そして、日本にも正しい認識をもった人びとがいるものだなという考えをもつようになり、これからこのような人びとがもっと現れれば日本も変化するのになと思った。
  今回の歴史教科書歪曲事件は、単純な教科書歪曲が問題ではない。教科書歪曲を通してこれから日本を背負って立つ日本の青少年が良くない歴史を知り、極右化していく憂慮があるということが重要だ。今の日本の歴史教科書歪曲問題をどのように解決するのかによって、21世紀の韓国と日本の関係が決定されるからだ。どうか21世紀には、今のような韓国と日本の対立がなければと思う。
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1、日本に対して悪い感情はない。昨年の夏、日本に試合をしにいったが、なぜかわが国よりも住みやすそうだった。一般の往来にもごみがなく、本当に車が停止線で止まるなど、規則をよく守っていた。特に公共の交通機関を利用するとき…タクシーは自動ドアで、客が近づくとドアを開けてくれ、何を言っているのかわからないが歓迎されたし、バスに乗るときは降りてきて荷物を受け取ってくれもした。しかし、今は考えが変わった。教科書歪曲…完全に人を殺して、すまないと謝罪するあり様ではないか?
2、まず、そちら(日本)の中学生はどのように考えているのかを知りたい。どうせ昔のことはどうやっても取り戻すことは出来ない。どんなに否定しても、歴史は歴史だ。どんな考えで日本の政府がそんなことをするのかわからなくても、今すぐ反省して私たちに丁重に謝罪してから修正することを望む。
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日本に対する私の考え!日本を理解するのは難しい。歴史とは、過去にあった重要なことをあるがままに(事実のままに)記録することをいうのだと、私たちもすでに中1の時から習ってきた。それも、まさに社会科の本からだ。万一、社会科の本の言葉がウソでないなら、正しい歴史は創作したり、創造したりすることではないということは明らかだ。このような事実から私は、日本を理解することができないのだ。事実誰もが言うように、自国がよその国の植民地だったといえば、当然その国が良いようにしか見えないだろう。もちろん私もそうだ。そんなはずがないということは、国を愛する人ではないとみなが認めるだろう。しかし、わたしたちが過去に日本の植民地だったといって今も植民地だというのではなく、世界化がすすんでいる現在、昔のことを悪く言ってまで日本を憎む必要は絶対にないことを知るために、いい方に考えようとの努力は私だけではなく友達の意見を聞いたときも同じだ。しかし、今回の歴史歪曲の事実はとても衝撃的だった。歴史を変える…。それは言葉にもならないことだ。小説やドラマで歴史を少し変えて話しはしても、実際にそのように違うことがあってもはけないのだ。ましてや、小説やドラマでも歴史をまったく変えるのではなく、療養にいっていないが行ったとか実際には残酷に死ぬがそのまま殉死するという程度のものだ。100ヶ所を越える部分が修正されたということ…本当にわが国が無視されているような気分の悪さだ。また、なぜ日本歴史の事実を歪曲しようとするのか、私にはまるっきり理解が出来ない。どうせ事実であり、その事実を知っている人は限りなく多い。また、歴史を歪曲したという事実に対して、何ごともなかったかのように考える人が多い反面、少数の人びとはむしろ積極的に反対し、立ち上がった。これは、逆にかえせば歴史を事実のままに書けば、小数の人びとは信じる反面、多くの人々は反対だということではないだろうか?日本が肯定的に考えてくれたらとても良い。どうせ過去のことだ。過去に悪いことをした人が反省すれば、新しい人だと思う。少数は認定できないだろうが、その人を信じるか信じないかは、過去に悪いことをした人がどれほど行動で自身が変わったということを示すのか、なのだ。日本を憎むのでもない。日本が悪い国だというのでもないということをわれわれは知っている。なぜなら、今から思えば、わが国が日本という国の植民地だったように、この世界のあらゆる国が植民地体制のもとにあった。すなわち、わが国だけが植民地体制で苦しんだのではないのだ。そうであるなら、あらゆる国を支配していたそれらの国は、全て悪い国なのか? その国の国民たちは、みんな悪い国民なのか? そうではないから私たちは日本という国を信じたい。信じたいのではなく、信じながらそうできたらというのが私たちの切なる願いだ。ずいぶん前に、大陸間杯(?)があった。決勝戦に日本とフランスが残ったとき、わが国の国民たちにアンケートをしたことがあったそうだ。日本が勝てばいいですか?それともフランスが勝てばいいと思いますか?というものだ。そのとき、わが国の国民たちがみんなフランスだと答えただろうか? いやちがう。ほとんど半々だったそうだ。一部はもちろん日本に支配されたその悪い感情にも関わらずだ。それなら残りの半分は? 彼らはこのように言ったという。「すでに過去のことだ。日本はわれわれが学ぶ点も多い国なのに、過去のことを悪く言うのは良くないことだと思う」と「日本も私たちと同じアジア圏にある国だ。アジ
アでは日本が勝つべきだと思う」というのだ。日本も私たちと同じアジアだという言葉は、本当に心に残った。日本という国を肯定的に考える人々が多い。こんな状況から、少しだけ日本が協調して歴史を事実のままに記録し、互いに協力して本当に最強のアジアになれることを望むのが私の願いだ。昔、新聞の記事で見たことがある。歴史歪曲の事実に対する学生たちの考えを書いた掲示板が、ある学校に作られたというものだ。その掲示板の一部を写真で見たが、そこで一番印象に残ったのは、ある女子学生が書いたものだ。「日本!事実はいつか明かされるもの!どうか素直になってください!」という言葉だ。本当に強調したい言葉だ。事実はいつか明かされるものだということ…いつか明かされるその事実を隠さないで、そのまま過去のことだとだけ考え、日本が本当だったらと思う。また、私たちは日本を憎まないということも知らせればいい!
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日本の歴史教科書歪曲に対する私の考え国史。親密感どころかむしろ、堅苦しく聞こえるこの単語に、私は今までさほど関心がなかった。むしろ、伝説のような古代エジプトのピラミッドやインカ文明のようなものには関心を持ちながらも、実際、自国の歴史には興味を持てなかった。日帝強占期(強制占領=植民地時代)だけをとっても、わが国がとても危機に瀕した時代だったが、私にはただ遠い話でしかなかった。そして、そんな歴史を歪曲した日本の教科書も。本当に初めて国史の先生から日本の歴史歪曲について文章を書いてみなさいといわれたときは、「当然、歪曲してはいけない」そして「そんな教科書で勉強した子どもたちはどうなるのか?」とみんな話していたが…。何も、その程度の考え以外にその問題に対して共感したことがなかった。しかし、日本の歴史教科書歪曲に対してひとつずつ知るようになり、私は自分に対する情けなさと歪曲に対する怒りをこらえることが出来なかった。私はまず、教科書歪曲がなぜいけないことなのかを考えてみた。もちろん、真実を歪曲することは当然悪いことだが、教科書歪曲がもたらす結果を知るべきだが、確実に正しい、そうだと明らかにすることができるようだった。そのとき私は、ひとつの例を通してとてもショックを受け、それこそが教科書歪曲の問題点を肌で感じることが出来た。
 あるアンチ日本教科書歪曲のホームページに『コリアちゃん』という人が書き込みをしたものだが、その人はアメリカの留学生だった。その人が、あるアメリカ人の教授の講義を聴いていたら、その教授は例を挙げて韓国が中国と日本の属国だったというような話をしたので、この中に韓国人はいるかと尋ねた昔のある韓国の学生の聞いてみると、韓国は歴史を脚色して教えるようだが、どう思うのかと尋ねたそうだ。その人は当時、英語も充分ではなかったが、昔に習った、すでにおぼろげになった歴史知識に言葉をたどり、結局は劣等感にさいなまれ、事実を認定できずに焦った状態になってしまったそうだ。その教室にいた他の国からきた学生たちと教授には、韓国に対する無視の感情が生まれたのだ。私は、私がもしその場にいたならどう言っただろうかと考えたのだが、私はほとほと情けなくなってしまった。その教授は日本で日本人が翻訳した本で博士号を取った人だった。少し前に文章を書いた人が見るに、彼は米国人だからといってわが国と日本の違いを客観的に見たのではなく、反日本人として韓国と韓国人を憎んでいたという。
 米国の教科書を何箇所か翻訳したものもあったが、私が知っている歴史とその国の関係の感覚とは相当な上下関係など、他の部分が多かった。東海もほとんど日本海と表記されていたそうだ。日本の歴史教科書歪曲問題は、日本とわれわれだけの問題ではない。すでに世界的にも歴史がきちんと教えられていないのだ。米国人がこの程度なら、やはりそのような謝った教科書で学ぶ日本人の子どもたちは一体どんな思考法式でわが国と自身(日本)を見るようになるのだろうか?
 本当に、日本の歴史教科書歪曲について調べながら切実に感じることは、やはり私たちがとても無関心だったということだ。もちろん、この間も常に努力をされてきた人々はいるのだが、私のことだけで言っても本当にわが国のことに無関心だった。おそらく日本の歴史教科書歪曲問題は、私たちのこのような無関心が呼び起こしたことなのだろう。どのようなことでも起これば大きくうるさいとしても、どんな確実な処置もなく曖昧になってしまうことがとても多かった。そして、正しい歴史を知らせようという努力も足りなかったようだ。   この米国人教授の話では、日本に対する資料は翻訳したものが実に多いが、わが国に対する資料はほとんどないというのだ。こんなことで、外国人がどのようにわが国に対してきちんと理解するのことを望めるのか? 他国の歴史を歪曲したということは完全にその国を無視する行為ではないか? 人のせいにばかりするのではなく、私たちがいかに無関心だったかを、このようなことが起こるまで知らないまま放置してきたのではないのか。私たちは日本だけをけなすのではなく、われわれの過ちも悟るべきだろう。まず、私たちの歴史を私たちがよく知るべきだ。そして、すでに教科書は修正が不可能だとしても、このように持続的な関心と努力があれば、いつかは訂正されるのではないだろうか? 日本人が認めざるを得ないような韓国人になってこそ、将来、真正な世界化もなしうるのではないかと思う。
2001/7/20
★ 東京・杉並区で「人間の鎖」をやります (東京・女性)
 杉並区では40名ほどの弁護士さんが連名で、つくる会の教科書を採択しないよう申し入れました。
 24日 12:30〜1:30には区役所を囲む「人間の鎖」をします。趣旨に賛同の方、ぜひ加わってください。
 杉並区教育委員会 杉並区阿佐谷南1ー15−1 
 電話 03−3312−2111 FAX  03−3312−3531
 区のホームページ http:www.city.suginami.tokyo.jp/ の区政への要望へ

  • 人間の鎖 丸の内線南阿佐ヶ谷下車0分、JR中央線 阿佐ヶ谷下車6分
  • 杉並区役所前 7月24日 12:30〜1:30   
  「報告集会 IN 阿佐ヶ谷」7月25日(水)、教育委員会内容の報告集会を開きます。
    時間: 午後6時受付開始 6:20より開会
    内容: 「みんなの会」より教育委員会内容報告
        俵義文さん 緊急講演
    場所: 阿佐ヶ谷産業商工会館 地下1階 第1・第2会議室
    (JR阿佐ヶ谷駅南口 徒歩3分/ 丸の内線南阿佐ヶ谷駅 徒歩2分〜3分)
杉並の教育を考えるみんなの会
2001/7/19
★ 「大東亜戦争」を「現代用語」と扱っていいのか (大阪・女性)
 扶桑社刊社会科歴史教科書では「大東亜戦争」を「特攻隊」とともに「現代用語」としてあつかっています。同様な使い方をしているのが、1985年の「日本を守る国民会議」主導による高校教科書「新編日本史」(後に「最新日本史」)です。扶桑社刊教科書を文部科学省ではこの「新編日本史」の修正内容をベースに検定意見をつけ修正させています。すなわち「つくる会」教科書は「新編日本史」中学校版なのです。
 「新編日本史」はアジアで問題(第3次教科書問題)となり、検定合格後に「異例」の4回におよぶ修正がなされました。歴史改ざん勢力にとっては1982年の「進出」記述で外交問題化し「政府の責任」で「近隣諸国条項」を追加するという「屈辱」に次ぐ「挫折」だったわけですが、その後連綿と、アジア諸国に対しては「内政干渉」、日本政府に対しては「謝罪外交」と非難し続けて今日の「教科書問題」に至っています。
 またアジア太平洋戦争について「日本が植民地化されずに欧米列強に対抗し、近代化を遂げるという道筋をとるとすれば、アジア諸国を併合し、欧米によるアジア侵略を阻止する行動をとる以外に選択肢はなかった」(小説家・林房雄著「大東亜戦争肯定論」−月刊誌『中央公論』の1963年9月号から65年6月号にかけて連載され、1975年「改訂版」発行)という歴史観を代表する呼称である「大東亜戦争」が検定で認められたと言うことは、この国の政府は今現在も、国際社会から断罪されたはずの「大東亜共栄圏構想」を持ち続けているということになります。
 この言葉が教育現場に持ち込まれるとしたら、同勢力は「公的」に認められた用語としてあらゆる文書に記載させようとするでしょう。それは「元号法」制定に見られるとおりです。そしてその動きは各地の平和ミュージアムでの「大東亜戦争」使用へとも向かっていくでしょう。日の丸・君が代の強制が学校から始まったように、です。
 なお「元号法」(1979年6月成立)法制化運動は、「元号法制化実現国民会議」(1978年)によってなされたのですが、同会議は1981年10月、改憲をめざす「日本を守る国民会議」に改編され、現在の統合右翼「日本会議」に受け継がれています。 
 この「大東亜戦争肯定論」は、戦後の日本の歴史認識を「自虐史観」と決めつけ、「日本の歴史を出来るだけ醜悪に描く」ものと非難する中村粲・獨協大学教授の主著『大東亜戦争への道』(1990年12月発行・展転社)に代表される、日本の侵略や植民地支配を正当化しようとする議論に引き継がれたといえます。中村氏は著書のなかで、日本に植民地化される以前の韓国を、無気力で内紛に明け暮れ、近代化にも独立の維持にも意欲をもたない国として描いています。「韓国併合」について「併合は痛恨の悲劇だつたが、これによ
つて初めて東亜の政局が安定したことも掩ふべからざる事実なのであつた。」、「従軍慰安婦」では「人間らしい感情は慰安所にもあつた。なかには朝鮮人と日本人の間の恋愛、結婚、心中まであつた」「要するに慰安婦の募集に関して軍の名を騙つて、誘拐に等しいような募集をしてゐる業者がゐる。これは軍の名誉にかかはるから許せない。警察と十分に連絡してこれを取締まれといつてゐるのであります。これは軍の関与と言へば関与だけれども、善意の関与だと思ふんです」とし、今日の歴史改ざん勢力の「論拠」となっています。そしてそれは「つくる会」の編集方針であり、記述そのものでもあるのです。
 2001/7/18
★ 「つくる会」教科書への批判はアジアだけではない。世界中の学者が批判している(東京・男性)
 今日(7月18日)、記者会見を行なって、下記のアピールを発表しました。
これは、アメリカをはじめ、カナダ、イギリス、フランス、ドイツ、ニュ‐ジーランド、オーストラリア、アイスランド、ベルギー、ルクセンブルグ、インド、香港、中国、韓国、台湾などの学者の署名による共同声明です。7月10日現在、109名が署名しています。その後も1週間で約80名が署名を寄せていますが、これはまだ未整理のため発表していません。発表したのは、英文のアピール、109名の氏名、肩書き、国地域名とこのアピールに付けられた、具体的な問題点の解説英文、それとこの日本語訳です。これらは、近いうちにHPにUPしますので、見てください。英文ファイルが欲しい方はご連絡下さい。いままで、「つくる会」教科書への批判は、アジア中心に行なわれてきましたが、このアピールは、世界中の学者が批判しているという資料として、重要だと思います。
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(日本語訳)
2002年度版日本の歴史教科書に関する国際研究者声明(2001年7月10日)
私たち下記に署名する者は、教科書が平和、正義、真実といった価値に合致することを保証しようとする、日本の歴史研究者、教育者、および市民の努力を支持します。私たちは、これらの日本の歴史研究者、教育者、および市民に賛同し、日本の文部科学省が、平和、正義、真実といった価値を踏みにじる教科書を、最近、検定合格させたことに抗議します。私たちがここで問題にしているのは、『新しい歴史教科書』(西尾幹二ほか著)で、右派ナショナリストのグループによって書かれ、扶桑社によって出版される中学校歴史教科書です。この教科書については、日本の内外の歴史研究者や教育者が、諸々の重大な問題点を指摘したにもかかわらず、2001年の春、日本政府の教科書検定に合格し、2002年度から中学校で使用することが許可されています。歴史教科書および授業は、若い世代の人々が過去について学ぶための、第一義的な手段です。実際、多くの人々にとって、学校の教科書は、一生のうちで享受する最も系統的な過去への入門であるのです。したがって、教科書は、歴史研究の最高の成果を反映した真実の記述を、生徒たちに提供するべきです。このことは、日本においては、いっそう重要です。というのは、日本では、政府による検定という制度があるため、学校の教科書は国家によるお墨付きという意味を持つからです。また、歴史教科書は、社会が過去をどのように理解しているかを、単に集積したものではありません。歴史教科書は、私たちが社会として、何を市民社会(公共)の核となる知識として記憶し表象しようと選択するのか、を伝えるものでもあるのです。歴史教科書は、身近な地域・国・地球といった共同社会の一員であることについての考え方を、生徒に伝えるものであり、そして、そのことによって、私たちの未来を形作ることを助けているのです。教科書の内容が、日本およびその他の地域で、特にこの半世紀(あるいは、それ以上の年月)の間、激しく論争されている理由は、まさしく、教科書が以上のような性格を持つからなのです。
私たちは、二十一世紀の夜明けにあたって、人類が前世紀に犯した数々の過ちを認識せざるをえません。植民地主義と戦争に関連した多くの残虐行為も、その過ちの中に含まれます。私たちの緊急の課題は、人間性が勝り尊重される新しい地球共同体を築くために、和解し態度や方針を変更することなのです。したがって、世界を、より民主的で、平和で、公正なものにするために貢献するような知識や価値観を、教科書が提供することは、否応ないもの(必須)であるといえます。以上の点から見て、日本の新しい歴史教科書の一つ『新しい歴史教科書』は、教育の道具として不適切です。というのは、植民地主義と戦争における日本の過去についての真実の記録を否定し、また、公正で平和な太平洋共同体および世界共同体に向けて貢献する価値観を否定しているからです。この教科書の歴史は、盲目的で好戦的な拝外愛国主義に立ち、著者たちが言うところの自国の「明るい」部分を過度に強調し、「暗い」部分を無視することによって、日本とアジアの歴史を根本的にゆがめるもの
となっています。以下では、最も顕著な例のみをあげておきたいと思います(詳しくは、別紙資料を参考にしてください)。
・『新しい歴史教科書』は、日本が韓国朝鮮を植民地としたことを、日本の安全と権益を守るためであったとして、正当化しています。また、韓国朝鮮および台湾の人々は何十年にわたって日本の植民地支配を経験したのですが、この教科書は、韓国朝鮮および台湾の人々を抑圧し搾取した日本の植民地政策についてほとんど述べていません。
・この教科書は、1930年代および1940年代の日本の中国・アジア侵略を、「戦線の拡大」あるいは「進出」と記述しており、「侵略」という言葉を使うのを避けています。また、「大東亜戦争」期に侵略された国々の被害者の間で非常に多大な死傷者をだし、アジアの人々を征服したことを無視し、戦争がアジアを(西欧による)植民地化から解放することを目的としたものであったと、強く示唆しています。
・この教科書は、連合国の軍隊およびナチス・ドイツによって犯された戦争残虐行為について詳しくふれているにもかかわらず、日本自身が行った残虐行為(例えば、731細菌戦部隊による残酷な実験やシンガポールにおける中国人虐殺)については、実質上、全く無視しています。南京虐殺(1937年)については言及しているものの、出来事に関する「疑問点」に言及することによって、その重要性を軽視しています。
・この教科書は、無数の「慰安婦」を日本軍の性奴隷として奴隷化したことを、全く記述していません。どのような国にも、それぞれの歴史の中で、不名誉な一幕があるものです。今日の歴史教育は、生徒がそのような問題を検討し考察するのを助ける、比較研究的および国際的な観点が必要とされています。私たちは、痛みをともなう出来事を忘れるべきではありません。逆に、そのような出来事から学ぶべきなのです。なぜなら、学ぶことは和解への第一歩だからです。日本の同僚たちと同じように、私たちも、自分たちの国の教科書や一般の言説において、実質上対処されてきていない重要な歴史的諸問題に直面しています。しかし、だからこそ、私たちは、今ここで日本の同僚たちに加わり、『新しい歴史教科書』のイデオロギーの指向するところへの懸念、また、この教科書が生徒を(誤った方向に)教育し、日本と日本の侵略支配を経験した近隣諸国との関係を害する結果となることへの憂慮を表明します。
署名者(2001年7月10日現在109名、署名者リスト省略)
2001/7/18
★ 地域住民と学校を結ぶNPOボランティア協力者募集!! (兵庫・男性) 
 学校教育、国際交流、在日外国人支援、に興味のある方、「スクール・ビジット」は、地域住民と学校を結ぶNPOです。
 2002年度より学校教育に導入される「総合的な学習の時間(主に国際理解教育)」に地域住民をゲストティーチャーとして派遣する事業を展開する予定。そこで現在、拠点となる神戸で、各学校の現状を調査してくれる協力者を募集しています。

    1、近所の学校を訪問しませんか?神戸市内小・中学校のアンケート調査、ヒアリング
      1件 \1500(交通費込み)
    2、総合的な学習の時間のプログラム研究や学校でのイベント企画をしてみませんか?
      興味のある方は、詳細をお知らせしますので気軽にご連絡ください。
TEL: 090−2044−9102 (山下)
   090−8978―1259(高橋)
E-mail: aiyama35@hkg.odn.ne.jp
2001/7/17
★ 栃木県での教科書採択の実情と他県の状況 (栃木・女性)
 栃木県では、2000年10月6日、「新しい歴史教科書をつくる会」県支部と連動して活動している「栃木県の教科書をよくする会」が2月に県議会に提出していた、小中学校教科書採択制度の改善を求める陳情が採択されました。これにつづき宇都宮市でも、9月に提出され継続となっていた「新しい歴史教科書をつくる会県支部県央地区」による、より良い教科書(特に社会科教科書)を使うため、教育委員会の下部機関(教科書調査・研究会など)が答申を行う場合、採択すべき教科書を絞り込むことを行わないなど、三点を要請する「宇都宮市における小中学校教科書採択制度の改善を求める陳情」が賛成多数で採択されました。その際市教委は「採択方法を見直す良い機会ととらえたい」「今後、さらに適切な採択方法を目指し、県教委や四町の教育委員会と協議していきたい」などとし、「つくる会」県支部長も「県議会は圧倒的多数で採択、県都・宇都宮でも通り、活動はやりやすくなった。」と豪語しました。
 県教委はこれらを受けて、小中学校の教科書は、いままで八つに分かれている採択地区で、学校から各一人が調査員として参加している「教科用図書採択協議会調査委員会」が九教科それぞれ三種の教科書を選定し、その上で、地区内の教育長で構成されている「教科書図書採択協議会」が一種に絞り、それを各自治体の教委で採択していたのを、全地区から「絞り込み」を廃止しました。また協議会の委員の人選も「教育委員長、PTAという民間の委員」を増やしました。
 しかし、県内各市に相次いで提出された同趣旨の陳情は、宇都宮を除く市議会ではすべて継続や議長預かりなど事実上の不採択になっています。陳情書は宇都宮の他、足利、佐野、栃木を除く残り八市議会に11月に提出され、小山市は継続審議。特に日光市議会では「覆い隠すことなく正しい日本の歴史を伝えたい、という学校、教員の意見を全面的に尊重する」として全会一致で不採択を決定しています。 市民もこれら歴史改ざん勢力による教員の教育権を排除しようとする動きとこれに安易に追随する県教委の姿勢を危惧し、「つくる会」教科書を採択しないように求める取り組みをしてきました。7月上旬、扶桑社刊行の歴史と公民の社会科教科書を採用すると公表した私立国学院大学栃木中学校(木村好成校長)は下都賀採択地区内の栃木市にあり、危機感は高まっていました。某町長「こうなるのを心配していた」「慎重に決めるようお願いしていたのだが……」
 私学にも、一教科一採択の原則は適用されますが、副教材として他社の教科書も併用することが可能です。あまり例を知りませんが、その場合どちらを主教材とするかは学校の裁量になるのではないかと思われます。しかし公立の場合は無理でしょう。また地区内では同一の教科書を使用することになっていることも、採択における教委の判断の責任は私学の採択権よりもさらに重いと言えます。
 なお、産経新聞によると扶桑社の歴史・公民教科書は、常総学院(茨城県土浦市)、国学院栃木(栃木県栃木市)、麗澤瑞浪(岐阜県瑞浪市)、津田学園(三重県桑名市)、皇学館(同県伊勢市)、生光学園(徳島市)など約二十校が決定または内定しているとのこと。
 また、下都賀地区教科用図書採択協議会の「つくる会」教科書採択が判明した翌12日、「つくる会」の陳情を採択した議会をかかえる宇都宮市を含む河内採択地区が、教科書問題で関心が高まっていることを踏まえ、扶桑社社会科の公民・歴史とも採用しないことを「内定」の段階で公表しました。
 9〜11日の採択協議会で決定し、翌日、構成メンバーの5市町教委で正式に了承されたもの。採択協議会の委員の宇都宮市教育委員長は、「つくる会」の教科書に対しては、「読み物としてはおもしろい」などの意見もあったが、(1)中学1年生が学ぶには、記述や内容に難しい面がある(2)他社の教科書に比べA5判と小さく、図表などが少ない――などの問題点が指摘され、公民については「権利だけでなく、国民の義務も強調している点は評価できる」などの意見が出たと説明。河内地区は宇都宮市、上河内、河内、上三川、南河内各町からなり、中学30校、生徒1万6895人が対象。教科書の選定は、地区内の小中学校の教員約三百人で組織する調査委員会の報告をもとに、各市町の教育長と教育委員長らで組織する採択協議会で協議。「つくる会」教科書については採択を求める声はなく「読み物としては面白いが、分かりやすさの点から考えると難解な用語が多く、学びにくい」と結論。
 今回の暴挙に対して「絶対に許すことができない」と抗議の取り組みが始まっています。全国からの要請は、市民の大きな励みになっています。「過去に協議会の結論が教委レベルで覆った例はほとんど無い」としていますが、過去に現場教員の「結論」を教育委員が覆すことがなかったのです。下都賀地区内2市8町の教委や県教委に13日、県内外から多くの反響があった。大部分は採用の再考を求める内容。市民団体なども要望書を提出し、歴史教科書採択を巡って慌ただしさが増した。
 二市八町の教育委員会には13日、電話やファクス、電子メールなどで700件を超える抗議が殺到。
 小山市教委には13日夕方までにファクス136件、メール26件が届いた。抗議や批判など、採択の方針に反対する意見が大多数という。 ファクスは120件が採択に反対する意見だった。またメールは23件が反対意見で、「近隣諸国から疑惑が出されている教科書をあえて採用し、子供たちに学ばせることが本当の国際理解につながるとは思えない」などという内容。3件は「従来の教科書では日本人の誇りも自覚も養えない」と賛成する意見だった。
 抗議に対し、小山市の菅沼教育長は「抗議文書は教科書採択の際、教育委員の参考資料とする」と表明。大久保市長も「教科書採択は教育委員会の職務権限に属する事項だが、慎重に対応するよう強く望む」と、扶桑社の教科書採択に反対とも取れる異例のコメントを出した。
 壬生町、大平町教委などにも、採択方針に抗議するファクスが多く寄せられた。野木町教委学校教育課は、「一日中ファクスが使えない状況だった」とさえ話した。
 一方、石橋町教委の上野敏明学校教育課長は「教育長の方針で(件数は)公表しない。抗議のファクスはごみ箱に捨てたものもあり、正確には分からない」と、抗議文の一部を破棄したことを明らかにした。
 石橋を除く各市町には抗議の一方「大英断だ」といった激励も、五十件程度届いたという。
 また県教委によると、中学生の保護者と名乗る県北の男性2人が義務教育課を訪れ、「つくる会」教科書が「自分の地区でも使われるんじゃないかと懸念している。使わせたくない」などと訴えていった。
 2市8町の教育委員会は16日から順次、委員会を開き、教科書採択を話し合うことにしている。
 在日本韓国民団県本部(約2千人)は、宇都宮市内で緊急対策会議を開催。中央本部から事務副総長も駆け付け、小山、栃木両市教委に再検討を求める要望書を提出し、「不幸な歴史を繰り返さないために正しい教育をしてほしい。五十万人の在日韓国人が栃木県をみている」と訴えた。団長は「抗議ではない。両国友好関係のための要請」と話した。団長は10日、ソウル市内で金大中大統領と面会し、「日本側に説得してほしい」と頼まれたという。 「下都賀地区歴史教育を守る会」、宇都宮地区労などで構成する「とめよう!戦争への道 百万人署名運動・県連絡会」が栃木、小山両市教育委員会を訪れ、「市教委は(この方針を)撤回して欲しい」と申し入れた。連絡会は「下都賀地区協議会の決定は、栃木市や小山市、下都賀郡内の中学生をアジアはもとより、国際社会から孤立させ、平和憲法を否定し、戦争を礼賛する子どもたちをつくり出すことに手を貸していることに等しい行為」としている。
 小山市、栃木市など下都賀地区の住民らが十三日、「新しい歴史教科書をつくる会」主導の歴史教科書の採択方針に反対するため、「下都賀地区歴史教育を守る会」を発足させた。守る会は、同教科書の採択方針に危機感を抱き、主婦や元教員、市議、町議らで急きょ組織した。この日は関係市町の教育委員会に「憲法と教育基本法を守る立場から協議会採択の教科書を使用しないよう求める」とする要請書を提出した。
 一方、「新しい歴史教科書をつくる会」の県支部副支部長(64)は、「ここまでの騒ぎになって驚いているが、採択の方針はありがたい。この教科書は事実をねじ曲げているのではなく、歴史を踏まえた上での見方が今までと違っているだけで、日本が悪いことをしていないと言っているわけではない」と話していた。
 宇都宮市内で今月末に開かれる県日韓親善協会主催の「日韓親善少年柔道交流大会」の選手団とともに来日し、宇都宮市長を訪問する予定だった、韓国京畿道高陽市の市長ら六人が急きょ、訪問を中止したことが分かった。
 県日韓親善協会などによると、黄市長と同市幹部ら六人は、選手団と役員計二十四人に同行して今月三十日に来日。八月一日に宇都宮市役所に福田富一市長を訪ねる予定だった。しかし、同協会に十一日、韓民国民団県本部を通じて、「都合が悪くなったため、市長、市幹部の訪問を中止したい」との連絡が入ったという。役員、選手団は予定通り来日する。県日韓親善協会の中野俊男事務局長は「教科書問題が影響しているとしたら、残念。政治問題とは切り離し、今後も活動を続けたい」としている。
 黄市長は、今回の訪問で両市の姉妹都市締結について話し合う予定だった、という。宇都宮市によると、昨年二月、高陽市から文書で姉妹都市締結の申し入れがあったが、「現在五つの姉妹都市があり、新たに結ぶのは困難」と回答していた。
 そして下都賀地区の採択のカラクリも明らかにされつつあります。神社宮司が教育委員長を務めるという「大胆な」市もあり、直接の利害関係がある「つくる会」会員が教育関係者のOBとして採択に深く関与しているらしいという指摘もなされ、ここからは文部科学省をもこえた「力学」によって1万5千人もの子どもたちが歴史改ざん勢力の「餌食」にされようとしている様子がうかがえます。
 「つくる会」では教職員組合員の排除を主張していますが、「栃木県の教育界は、日教組や全教のイデオロギー闘争に反対し『教育正常化』を掲げる全日本教職員連盟(全日教連)に加盟する栃木県教職員協議会が98・6%(約1万人)の組織率を占めている。」(産経)とのことです。歴史改ざん勢力では「文部科学省の検定を通った教科書なら、問題はないというのが協議会の考え方」(田所徳光・県教職員協議会会長)(毎日)に期待し、調査員の「良識」で採択の突破は楽勝と踏んでいたのが見事に裏切られたようです。
 栃木、小山など二市八町の教育長らで組織する下都賀地区教科用図書採択協議会(会長・菅沼基訓小山市教育長)が、来春から使う中学の歴史教科書に扶桑社の「新しい歴史教科書」を選定したことが11日判明し、マスコミ各社が一斉に報道。下都賀地区協議会では歴史は扶桑社、公民は他社を採択する方針を決定。正式採択されれば、地区内の約一万五千人(県内の21%)の生徒が通う三十校(県内の17%)で使用される。
 下都賀採択地区協議会は6月中旬、どの出版社の教科書を選ぶかについて、全教科とも「委員による無記名投票」とすることを申し合わせた。同協議会は、意思決定の前段階として現場の教員を調査員に委嘱。各教科書の特徴を報告書として提出させている。この中では、「つくる会」教科書について、他の教科書より優れているという記述は無かった。
 7月11日、申し合わせ通りに投票が行われた。中学歴史の選定をめぐって議論が分かれ、二十三人の全委員が無記名投票した。一回目で過半数を占めた教科書はなく、二回目で十二対十一で「つくる会」教科書が選定された。公民については「つくる会」教科書についても評価する向きがあったが、採択に至らなかった。協議会では栃木市の教育長が、扶桑社本を選ぶよう強く主張。「つくる会」会員の自治体教育長OBが、同地区に強く働きかけたともいわれている。
 今回の方針決定は「最終結論」ではなく、手続き上は、各教委がそれぞれ協議会の結論を持ち帰り、了承するかどうかの作業が残されている。8月15日の採択期限までに各市町の教育委員会会議にはかられ、最終的に決定される。県教委では7月19日までに採択を終えるよう指導。教科用図書書無償措置に関する規定により地区内は同一教科書を使用することになっているため、仮に各教委で異論が出れば、採択協議会で再度議論し直すことになるが、過去に協議会の結論が教委レベルで覆った例はほとんど無い。
 県教委は12日夕になって、岩崎修県教育長のコメントを発表した。「まだ事実を確認しておらず、現段階で報告を求める考えはない」「静かに見守っていただきたい」また、選定に役立てるために同県が作成した資料では、学習指導要領にある四つの目標のうち「国際協調の精神を養う」ことだけ対象外にしていたことも明らかになった。
 県教委が作成した選定資料では、「歴史的事象に対する関心を高め、我が国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てる」とする学習指導要領の目標に沿う評価を四項目記述。ほかに二つの目標をめぐる評価も記載したが、「国際関係や文化交流のあらましを理解させ、我が国と諸外国の歴史や文化が相互に深くかかわっていることを考えさせ、他民族の文化などに関心を持たせ、国際協調の精神を養う」とする目標だけ、評価の対象から外していた。選定資料では、このほか「発達段階への適応」の項目で、他社が「適応している」とされる中、扶桑社本だけ「生徒にとって高度である」と評価されていた。
<栃木県の姉妹提携自治体(県HP)>
姉妹提携自治体数 18市町(うち中国9市町、台湾1市) 姉妹提携数各国36自治体
栃木市   金華(キンカ)市(中国 浙江省)
小山市   本溪(ホンケイ)市(中国 遼寧省) 
岩舟町   天台(テンダイ)県(中国 浙江省)
個人レベルで、年間18万人を超える県民が海外に渡航し、ほぼ同数の年間約18万人の外国からの来訪。県内に居住する外国人は2万5千人を越える。国際交流や国際協力を支援する県内の団体は約130。海外で事業を展開する県内企業の数は現在は67社。30社を超える外資系企業が県内で企業活動。下都賀地区教科用図書採択協議会は、選定方針を決めた翌12日午前、地区内市町の各教育委員が緊急会合を開き、今後の対応を協議し、8月15日の採択決定まで、一切ノーコメントを通すことを決めた。小山市教育長「私たちには立場があり、守秘義務がある。何もはなすことはない」栃木市教育委員長の大平山神社宮司「肩書きで採択を主張したと思われるかも知れないが、歴史教科書では何も発言していない」「子どもにとって何が重要か考えるべきだ」某町教委職員ら「わずかな差で採択されたことの加え、全国が注目する重要な問題なので再考の余地があるのではないか」「従来は一度出た結論は覆ることはなかったが、今回はどうなるかわからない」
下都賀地区教育委員会開催日程
栃木市 23日     小山市 17日
岩舟町 16日     藤岡町 16日
野木町 17日     大平町 17日
国分寺町 19日    石橋町 16日
壬生町 17日     都賀町 17日
◇産経2001.07.13
 福田康夫官房長官(12日記者会見)「どこの学校が採択したとか具体的に把握する立場にない。各地区の教育委員会の自主的な判断なので、政府としてとやかく言う立場にない」
 新しい歴史教科書をつくる会の高森明勅事務局長(12日)「韓国、中国の修正要求などさまざまな報道がなされた中で、採択関係者が先入観を排し、扶桑社の教科書の優れた点を冷静に評価していただいたことに敬意を表したい」「ほかの採択地区でも、採択関係者が理性的な作業を行っていただくことを期待したい」。
◇共同2001年7月13日
文部科学省幹部「ある程度は採択する市町村がでるだろう。これ以上、騒ぎが大きくならず、公正に作業が進むことを望んでいる」同省職員「韓国からすれば政府の回答が不満で、採択にあたる市民の良識に期待したのに、それにも裏切られたと感じているかも知れない」
◇読売7月13日
岩崎修・栃木県教育長「各地区で手続きが進んでおり、最終結果を今月末までに県教委に報告するように依頼しているが、指摘の内容は確認していない」(下野新聞・東京新聞を含むマスコミ各紙7月11〜14日)
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採択区は全国で542カ所。私学や国立の小中学校では、学校単位で教科書が選定できますから、「つくる会」教科書に限らず、決定はされているでしょうが、景気づけに公表したようです。これに対し「つくる会」教科書でなければどれでもいいということではないのですが、公立でも市民の関心を無視できず、異例の「内定」を公表しています。
【沖縄】琉球新報7月12日
「新しい歴史教科書をつくる会」会員が執筆した扶桑社の中学校歴史教科書について、2002年度からの教科書採択を決める県内六地区のうち五地区の教科書採択協議会が、11日までに不採択の方針を決めた。私立中学校五校も全校採択しないという。
 問題の教科書は沖縄戦に関する説明で、住民の犠牲者を日本軍の戦死者より少ない9万4000人と記述。また「ひめゆり部隊」が「勇敢に戦った」という殉国美談調の記述が沖縄戦の実相をゆがめるとして、「一フィート運動の会」などが県教委に不採択を要請していた。
【福島県郡山市】河北新報 07月12日
 郡山市教委は11日、臨時教育委員会(斉藤久之丞委員長)を開き、来年度以降、小中学校で使われる27種の教科書を採択した。田村郡との共同採択から今回、単独採択に切り替わったのを機に、県内で初めて採択に伴う臨時会の大部分を市民に公開した。ただ、採点結果や審議自体は非公開とした。 「新しい歴史教科書をつくる会」が主導した中学歴史教科書(扶桑社)は候補に残らなかった。 臨時会は3部構成。15人分の傍聴席を上回る市民ら25人が訪れ、抽選が行われた。
【佐賀県全地区】佐賀新聞06月29日
佐城地区教科書採択協議会で、「新しい歴史教科書をつくる会」編集の中学歴史、公民(扶桑社刊)は推薦候補にあがらず不採択となった。また、藤津鹿島地区協議会も27日同教科書の不採択を決めている。
7月02日
東松浦地区と三神地区の教科書採択地区協議会でも扶桑社刊歴史教科書については、両地区とも推薦する教科書に入らず、採択されない方向になった。
7月03日
杵西地区の教科書採択地区協議会でも扶桑社刊教科書については、推薦する教科書には入らず、採択されない方向となった。
【徳島県】徳島新聞7月3日
 徳島県内の市町村教委が設立している四つの教科書採択地区協議会は二日、それぞれ会合を開き、二〇〇二年度から小中学校で使用する教科書を選定したが、徳島新聞社の取材で「新しい歴史教科書をつくる会」主導の中学歴史・公民教科書を採用した地区協議会はないことが分かった。
 各協議会は今回、県教委の指導に従い、調査員に事前の絞り込みをさせず、すべての教科書の特色を調査報告書に記載して提出させる措置を取った。また各協議会は、これまで市町村教委の教育長で構成されていたが、県教委の指導を受け、初めて保護者代表をメンバーに入れた。
 県教組は「県教委が、教科書調査員による事前の絞り込み禁止を指導するなど懸念されたが、実際に教科書を使って授業をする教師の立場から考えて問題のある教科書だっただけに、当然の結論だろう」と話している。
【北海道】北海道新聞 7月12日
 帯広市教育委員会は十一日、焦点となっていた社会科の歴史、公民分野で、「新しい歴史教科書をつくる会」が執筆した扶桑社の教科書を採択せず、他社の教科書とすることに決めた。中川昭一衆院議員の地元だけに、採択結果が注目されていた。採択審議は五人の教育委員が行ったが、内容は非公開とされた。
 帯広市では「つくる会」の教科書をめぐり、北教組などで構成する採択反対派と、中川議員の系列道議や帯広市議らを中心とした現行教科書否定派は激しく対立。直前まで講演会や市教委に対する要請合戦を繰り返していた。
 道内の教科書採択をめぐっては、帯広市以外の二十三採択地区のうち、すでに留萌管内の九市町村で構成する地区が、中学の歴史、公民分野の教科書については従来と同じ出版社の本を採用することを決めている。
【兵庫県】神戸新聞  2001/07/10
 神戸市教育委員会は九日、教育委員六人の会議を開き、来春から小中学校で使う教科書の採択を決めた。「新しい歴史教科書をつくる会」の理事らが執筆した中学歴史、公民の教科書は採択されなかった。一方、小学校社会では現場の教員で構成する採択原案作成委員会が推した教科書が選ばれない異例の展開となった。現場教員の原案を覆した今回の採択について、教科担当の市教委指導主事は「教員は教材解釈的な良さを見る。保護者や行政の見る良さとは違うもの」と微妙な言い回しで振り返った。議論五時間に及ぶ。
 ■中学教科書
 扶桑社歴史教科書について、採択原案作成委員会の報告書は「国民としての自覚を促そうとする観点の記述が多い」「内容が高度。資料が一般的でない面がある」と記載。五つの観点のうち三つで「問題点がある」とされ、八社のうち他の一社と並んで最も評価が低かった。 教育委員からは「日本を愛する心を育てるのは大事だが、程度が高く子どもの目で読むと抵抗を感じる」「『である』文体で書かれており、大人向け」などの感想が出た。いずれも用語や内容の難解さ、課題学習に向かないなど教科書としての「質」を疑問視する意見にとどまり、歴史観に踏み込んだ論議にはならなかった。
 ■高い市民の関心
 神戸市は六月八日から七月五日まで六カ所で教科書展示会を開催した。訪れた人数は、記名のあった分だけで計四百九十八人。九九年度の四・二倍、九六年度の三・〇倍に達した。展示会場の意見箱には計二百二十四件の声が寄せられた。特に扶桑社の中学歴史教科書について意見が集中。「日本人として誇りを養うのにふさわしい」「戦争を賛美している」など賛否が真っ二つに分かれた。
【新潟県二地区】新潟日報 7月11日
 来年度から使われる公立小中学校の教科書を選ぶ採択協議会が10日、上越、柏崎両地区で開かれ「新しい歴史教科書をつくる会」主導の中学歴史・公民教科書(扶桑社刊)は採用されないことが分かった。
【静岡県】朝日7月12日
 来年4月から使う教科書の採択案が県内全11地区の教科用図書採択連絡協議会で出そろった。「新しい歴史教科書をつくる会」主導で編集された扶桑社の中学歴史、同公民の教科書を採択案に入れた地区はなく、県内の公立中学校で使われる可能性は事実上なくなった。採択案は公開していないが、各協議会関係者らはそれぞれの案に「つくる会」の教科書がないことを認めている。採択案に入らなかった理由について、関係者らは「あえて火中の栗(くり)を拾わなかった」「地区の良識が下した結果だ」などと話した。
 11日には静岡市教委定例会が公開で開かれ、つくる会とは別の教科書の採択を決議。その採択理由について織田元泰教育長は定例会の席上、「他の教科書に比べて時代の特徴をつかみやすい内容になっている」「人間尊重の考え方を民主主義社会のあり方としっかり結びつけている」などと説明した。
 一方、県内の私立中学16校が使う教科書は、各校が決めて、県私学振興室に書類を提出することになっている。今のところ、つくる会の教科書を採択した学校はない模様だ。9日の提出期限を過ぎても12校が未提出。地元の協議会の結果を踏まえて決めたいとの考えがあるようだ。
2001/7/15
★ 劉連仁さんの強制連行訴訟判決を小泉内閣はどう受けとめるか (千葉・男性) 
 東京地裁に行き、劉連仁さんの強制連行訴訟の判決を傍聴してきました。普通、判決は最初に「主文」が述べられるのですが、裁判長は「主文は最後に述べます。判決要旨を説明します」と述べ、異例の展開。結局、弁護団が予想していなかったほどの「画期的な」勝訴であり、原告の求めた2000万円の賠償を全額認めるものでした。今の政治情勢の中では、望みうる最善のものであり、こうした判決を出す裁判長には勇気が必要だとのこと。画期的な点は、
1.強制連行について詳細に事実を認定したこと。判決書では、25ページにも及ぶとのこと。これは、日本政府の歴史認識について、厳しい 反省を迫るものになるということです。今日の「つくる会」の教科書に見られるような日本人の歴史認識問題にも一石を投じることは間違い ないでしょう。
2.戦前の行為(強制連行)については、国家無答責の原則を認めてしまい、賠償責任を認めてはいないが、戦後、劉連仁さんが北海道山 中で13年にわたる苦難の生活を強いられたことについて、日本政府が救済を怠ったとして、不作為の責任を認め、賠償責任がある、としたことです。外務省報告書の存在をうやむやにした岸内閣の怠慢についても、判決文は厳しく指摘しています。この判決はこれまで戦後 責任をあいまいにしてきた政府に対し、厳しい反省を迫るものだということです。危険な毒ガスを中国に大量に遺棄したまま、何の対策もとらなかった日本政府の不作為の責任にも同様に適用される可能性があり、他の戦後責任を問う裁判にも影響するでしょう。
3.これまで、時効、除斥などで、時間がたっているので訴えの利益がない、門前払いされる判決が多かったのですが、今回の判決はこの壁をクリアして「法の大原則である正義、公平の理念」にてらして、原告の訴
えを認めたことです。これは多くの戦争責任、戦後責任を問う 裁判で、大きな壁になっていたとっころを突破するもので、これからのたたかいの橋頭堡になるとのことです。さて、今後の問題。まずは小泉内閣がこの判決に対し、どう判断するかということです。控訴するなら2週間以内。参議院選挙とちょうどかさなります。世論の動向を見ながら、選挙の帰趨をにらみながらの判断になると思います。ただし、ハンセン病訴訟は国内問題、一方強制連行裁判は国際問題。歴史認識そのものを問う裁判ですから、小泉内閣にとっては厳しい試金石となるでしょう。
(2001/7/14)
★ 応援や激励を
6日のニュースステーションの放送を見て、むこう側からかなりの攻撃を受けているとのことなので、ぜひニュースステーション宛に応援・激励のFAXをいれてくださ い。よろしくお願い致します。
   FAX:03-3224-1600    TEL:03-3587-5766
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8日の産経新聞に、大きくこの件についての要旨が書かれています。
【小見出し】  教科書めぐる「ニュースステーション」放送要旨
朝日編集委員「中国や韓国と友好求めぬ人は“扶桑社教科書”を選べばいい」つくる会・高橋史朗の話「中国と韓国が検定に合格した中学歴史教科書の再修正を求めている問題で、新聞報道によれば、文部省が精査した結果『新しい歴史教科書』については訂正を求める手続きをとる必要がないと報じられた。しかも『新しい歴史教科書』の執筆陣は2日、韓国の友人の意見にも配慮し、自主訂正をした。にもかかわらずこの教科書を中韓との友好を損なう教科書と断定し、採択を決める最も大事な時期に、採択反対を扇動する発言をしたことは、極めて悪質かつ不当な妨害行為であり、テレビ朝日に強く抗議するとともに、具体的な処分を審議してもらうよう、総務省に申し入れる」
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ニュースステーションには,専用メール投稿ができます。
http://www.tv-asahi.co.jp/n-station/index2.html
★愛媛 
 愛媛・松山はいま非常にあぶない状況にあります。
何があぶないのかと言うと来年から使われる教科書が、例の「戦争ができる国家」を目指す、問題の「つくる会」の教科書が、採択(選ばれる)される可能性が非常に高くなっています。それで、バタバタと教育委員会や議会などに働きかけています。これらの情報を掲載するために、また、皆さんぜひ、愛媛の教育委員会などに、採択しないようにとメールやFAXやハガキを送ってもらえたらと、そのような目的で、「いま、教科書があぶない」というホームページを作成しました。
 覗いてみてください。そして、皆さんの声を、教育委員会などに届けてください。
http://www.dokidoki.ne.jp/home2/zxvt29/index.htm いま、教科書があぶない!
(2001/06/11)
★埼玉 男性 講演の風景
 一橋大の渡辺治さんが「小泉政権の成立と憲法改悪の新段階」という題で、概略、次のような講演をしました。
@小泉内閣は「中身のはっきりしない改革を並べているだけ」という批判があるが、それは正しい批判とは言えない。次のA〜Cの点で小泉内閣は「画期的」政権である。
A彼は就任後「首相公選制」に焦点を絞りながらも、「憲法を改正する」旨を宣言した。首相就任直後に憲法改正を「公約」したのは鳩山一郎内閣(1956年)以来のことである。
B靖国神社への公式参拝を発言したが、これは1985年に中曽根首相が強行しながらも、アジア諸国の大きな憂慮と反発から翌年からは取り止めとなったが、それ以来15年ぶりのことである。
C「集団的自衛権の見直し」は「アメリカ軍が戦闘状態になったら一緒に参戦する」ことを意味するが、それについて強く言及し始めた。この背景には、アメリカ・ブッシュ政権のブレーンであるアーミテージ氏のリポート「INSS Special Report」に基づくアメリカ政府の要求がある。また、1980年代後半から顕著になった「海外展開する日本の多国籍企業」の「自前の軍隊で治安維持を」と要求する動きもある。
DCの欲求に沿った「改革」は、橋本内閣の「6大改革」(財政、経済、金融、教育、社会保障、税制構造改革)や「日米安保共同宣言」の時に見られるように、選挙のたびに一時頓挫(とんざ)をさせられてきた。これは「(巨悪の責任を不問にしたままの)国民への痛みを伴う改革」や「平和意識の強さ」がバネになってきたからである。小渕内閣・森内閣は「お金のばらまき」という旧来の手法に終始した「中継ぎ政権」で、問題の本質を先送りし、借金大国を加速させた。
Eそこで小泉氏は、選挙をしてもこれらの「血の出る」「痛みの伴う」改革を強行できるようにするため、強力なリーダーシップを発揮する「首相公選制」を実現し、構造改革を断行しようとしている。
F小泉内閣への高支持率は政治や経済への閉塞感から来ているものとはいえ、「経済不況を強力なリーダーシップで乗り越えようとしたヒトラー政権を支持した多数のドイツ国民」を彷彿(ほうふつ)とさせるものである。
G将来への安心感を持てない状況(雇用不安、社会保障・年金不安)と、規制緩和・自由競争強化にともなう貧富の格差は「社会の苛(いら)立ち」を生んでいる。政府がとる対策は2つある。
Hその1つは「治安強化、ボランティア強化(『強い市民』によるボランティアに手厚い待遇をする)」。「公教育・公的福祉の充実・強化」という「セーフティーネット」は構築しない。「司法制度改革」「情報公開」はこの延長にあるもの。もう1つは「個より国家的教化」「権利より義務」といった伝統的ナショナリズムの復活。
I小泉氏は「現状維持か改革か」と言って「改革」を支持するよう訴え、世論もそれに追随している。しかしこれは誤り。森政権時代のような「現状維持」は良いわけがない。私たちに問われているのは「悪く改革するのか、良く改革するのか」の選択である。
Jそれゆえ、日本国憲法の理念が定着していない今、「護憲」という発想ではダメ。大きな対抗勢力とはなりにくい。他分野との広い連帯ができるかどうか。「憲法のことしかやらない、憲法のことは知らない、教科書問題は別の人がやって」といったタコツボオタク型から抜け出すことが必要。
 その後の会場との質疑応答で次の3点が補足されました。
@2000年1月に置かれた憲法調査会は、いつでも「国会発議」ができるようにするため、自民、自由、保守、民主党が特に中心となっているもの。今は単に「お店を開いている」だけで、国民の世論調査的意味合いが強い。つまり、どういう内容だったら「改正案」が支持されるかをさぐっている。それは「必ず『国民投票』しても勝てる」という「改正案」づくりのためである。最も中心にある「第9条」の改悪方法は、「第2項のみの改定」(「国際貢献のため」の明記)でやってくるだろう。
A「天皇」について、戦前と同じ型の復活はあり得ない。「伝統(家族)の象徴にしたい」、「いくらかでも『私』民を制限できるものにしたい」、との動きはあるが、最も可能性が大きいのは「平和」「人権」「国際協調」といった「新しい価値を与えた天皇像」を構築したがっている(矛盾しているが)。そのため、「女帝を認める」動きは加速するのではないか。
B「革新勢力」について。1995年以降の選挙で一貫して、社民党・新社会党・共産党を支持しつづけている人は1000万〜1200万票分もある。これは実はすごい力である。これを「ホンモノの力」としていく必要がある。「対立」が目立つようだが、政府側の「構造改革・軍事大国化」路線に対して、「オルタナティブ(もう一つの別の道)」の国のカタチをお互いが議論しながらつくらなければならない。社民党が「市民の党」「女性の党」を全面に出し始めた今、私たち市民が学習会・交流会を通じてバラバラの革新勢力を連帯させ、運動を深めていくことが求められている(2001/06/11)
★三重 男性
● 「与謝野晶子が載ってるじゃないの!?」
 教科書展示会に職場の同僚(社会科教員・女性)と出かけました。「扶桑社のを見てみようか」「与謝野晶子が載ってるんだね」「『晶子は戦争そのものに反対していたというより、弟が製菓業をいとなむ自分の実家の跡取りであることから、その身を案じていたのだった。それだけ晶子は家の存続を重く心に留めていた女性であった』 なに、これ?」「こういう載せ方があるのか。」「じゃあ、『君 死にたまふことなかれ』の『すめらみことは たたかいにおおみずからは いでまさね』をどう説明するの?」「だから『君 死にたまふことなかれ』の原文は掲載できないのよね。『教育勅語』の全文は載せても。」歴史も歴史ですが、扶桑社の公民もひどい。「専業主婦」が太字で強調され、わざわざ「一つのあり方」とまで書かれているのには、二人とも笑いました。しかし、扶桑社以外にも、「父ちゃんゴロ寝で、母ちゃん掃除」「父ちゃんお風呂で、母ちゃん皿洗い」というイラストを(そんなイラストが必要でもないのに)載せている教科書があったのには驚きました。(2001/6/8)

●「『専業主婦』が太字だよ」
 きょうから1週間、近くの学校で「見本本の巡回展示」が行われています。 そこで、放課後、社会科教員どうしで、教科書評をしました。 まずは、「新しい公民教科書」(扶桑社)を見ながら「これってさあ、『円高と円安』なんて、本文で太字で扱ってるよ!?」「ええ? 確か、新指導要領では、扱わなくなったんじゃない?」「ほかの教科書を見てみよう!」 扶桑社以外は、清水書院だけが、欄外で「円高」を扱っている。と思っていたら、日本書籍も1ページまるごと「円安・円高と暮らし」p.51 )として書いてありました。「ぼくとしては、円高・円安もわからなくては、ニュースがわからないと思うから、教えた方がいいと思うけどね。」「扶桑社は2ページにもわたって円高・円安を取り上げているよ。」「学習指導要領からの逸脱だよな! けしからん!(笑い)」「それに、この本って、変なことばが太字になっているよ。この本、使って公民、勉強することになる中学生は気の毒だよな。」「ほんとだ。『専業主婦』が太字だよ。育児・家事に専念する専業主婦という形も、家族の協力の一つのあり方である。ってさ。」「この教科書、使ってテストをつくると、『専業主婦』なんて書かせる問題を作ったりするのかね。」「まいったね。」 どこをとって見ても、「?」だらけの教科書ですね。(2001/6/9)
★京都 男性
 朝鮮人の特攻兵について、私が手元の特攻隊戦死者の名簿で調べたところでは、陸軍航空隊ばかり13人(海軍航空隊には見あたりません)です。そのうち2人はフィリピンで、10人は沖縄で、1人は本土上空で戦死しています。彼らのうちの最年少は、沖縄特攻に出撃した大河正明(朴東薫)伍長の18才です。京都高等学校社会科研究会編「アジアに強くなる75章」(1995年 かもがわ出版)の26項「アリランを歌いながら逝った学徒兵」には、朝鮮人特攻隊員のことと参考文献が紹介されています。それによると、上述の大河正明(朴東薫)少年は、仲の良かった同級生の一人だけに、「内鮮一体というけどウソだ。日本はウソつきだ。俺は朝鮮人の肝っ玉を見せてやる。」と言って出撃したそうです。また、知覧特攻基地から飛び立った光山文博少尉(25才)が出撃の前夜、特攻隊員の母として知られた鳥浜トメさんに「アリラン」を歌って別れを告げた話は、読売(日本)テレビの「知ってるつもり」などでも紹介されていました。なお本土上空で戦死した一人は、1945年5月29日の横浜大空襲時、静岡県本川根町上空でB29に体当たりを敢行した河田清治(廬龍愚)少尉(22才)で、同乗の土山茂夫兵長は京都府向日市の出身だったので、私が遺族に聞き取りをして、乙訓高校や向陽高校で教材にしたことがあります。遺族の方は、「当時は新聞などでほめたたえられたが、それから2カ月後に戦争が終わってみると誰も見向きもせず、悲しみと苦しい生活だけが残った」と言っておられました。いずれにしても、このような若者たちの悲劇は調べれば調べるほど胸を打たれるもので、日本の行なった植民地支配と戦争の誤りを痛感させられます。史実を掘り起こすことによって、「新しい教科書」など吹き飛ばしてしまいたいものです。(2001/6/2)
★京都 男性
 映画「ホタル」を見てきました。高倉健扮する特攻隊の生き残りと田中裕子扮する彼の妻の夫婦を通して、出撃して帰らぬ人となった特攻隊員と出撃しながら生き残った特攻隊員の思いを描いた作品で、健さんの魅力もあって切々と心に響く映画に仕上がっていたと感じました。映画の中で高倉・田中夫婦と深くかかわる特攻隊員に、朝鮮出身の金山という少尉が出てきます。ラスト近くには、夫婦が彼の遺品を持ち、彼の遺言を遺族に伝えるために韓国まで行くシーンもあります。これは従来の特攻隊を描いた日本の戦争映画には見られなかった、新しい視角だと思うのですが、ここで私が知りたいのは現実の特攻隊員の中で、朝鮮出身者というのはいたのか、いたとすればどれくらいいたのかということです。ご存知の方がおられたら、教えてください。そのことについて書いた入手しやすい本もあれば、教えてください。この映画での設定はあくまでもドラマとして書かれています(脚本は竹山洋と降旗康男)が、この点での現実はどうだったのかを知りたいと思っています。この映画の中でも遺書をめぐる印象的な会話があります。金山少尉が若き山岡(高倉)たちに言います。遺されることのなかったはずの、特攻が特攻に言い残す言葉です。「検閲を受ける遺書に本当のことが書けるか。・・・私は明朝出撃します。・・・大日本帝国のために死ぬのではない。朝鮮民族の誇りを持って朝鮮にいる家族のために、ともさ(知子=田中)のために出撃します。朝鮮民族万歳、ともさ万歳」。(2001/6/1)
★京都 男性
 京都の教科書集会の報告です。
 5月26日、京都市内で「つくる会教科書 NO! 京都府民集会」を開催しました。集会では主催者を代表して岩井忠熊氏(京都ネット代表委員、立命館大学名誉教授)が南京大虐殺や特攻隊の記述の問題にふれながらあいさつしました。
 続いて、石山久男氏(歴史教育者協議会事務局長)が『子どもたちに渡すまい! あぶない教科書』と題して講演。石山氏は@「つくる会」教科書の本質、A他社教科書の変質、B「つくる会」教科書と政府の責任、C当面の運動の焦点、D教科書攻撃の歴史をふりかえる、Eこれからの運動について述べました。
 その後の質疑応答では約10人から多岐にわたる質問(他社の教科書が悪くなった経過、平和教育の可能性、総合的な学習の時間の可能性、他府県の動向、日韓教科書交流の可能性、教科書採択制度、「つくる会」教科書での女性の扱い方、戦争責任の問題など)が出され、石山氏がそれぞれに答えました。
 休憩後は、戦前の歴史教育の思いでと墨塗り教科書の経験(「悪魔の飽食」合唱団の方)、教科書問題をめぐっての留学生との対話と青年の取り組み(心をつなぐネットワーク)、総合的な学習の時間を利用した平和教育のとりくみ(中学校の社会科教師から)、在日外国人にとっての教科書問題(在日韓国婦人会の方から)、子どもたちの教科書についての意識と出版労働者のとりくみ(出版労連)、中学生の子どもを持つ母親の立場から、京都市議会への個人請願をとりくんで(母親から)、高校生から見た「つくる会」教科書(高校生、京都に平和の子の像をつくる会から)、京都市議会文教委員会での請願審議の報告(日本共産党京都市議)と8人の方からの発言をうけて、討論のまとめを小牧薫氏(教科書全国ネット運営委員)が行いました。
 集会の最後に、辻健司氏(実行委員会事務局長、京教組教文部長)が当面の行動提起と集会アピールを提案し、参加者の総意で確認しました。
 この集会には主催者の予想を超える220名が参加し、途中で用意したイスが足りなくなり、立ったまま講演や発言を聞かざるを得ない事態となり、熱気の中にも緊張感と確信にあふれる集会となりました。また、集会には多数の在日韓国人の方々、韓国のマスコミ、教会のシスター、社民党の市会議員さんなども参加しました。
 また、会場となった京都アスニー(旧社会教育総合センター)の前には右翼の大型街宣車が4台停車し、「集会をやめろ」「非国民……」などと大音響で叫んでいましたが、集会への影響はありませんでした(このような事態を予想してあらかじめ2名の弁護士に参加を要請していました)。今後、集会実行委員会として、街頭宣伝とパレード、府議会への請願、教育委員会への要請、アピールの組織、各採択区に対応する地域での学習会等の開催などを行う予定です。(なお、集会で確認したアピール、「府民への訴え」は後日、ネットでお知らせします。)
(2001/5/29)
★大阪 男性
 扶桑社の「新しい歴史教科書」「新しい公民教科書」コピーですが、ざっと目を通しました。びっくりしたことがいくつかあります。文部科学省は、自ら決めた検定規則すら無視して、扶桑社にはとんでもない優遇措置をしています。明らかな間違いである「徳島県豊島」が「香川県豊島」に変わっていたり、上高森遺跡がなくなっているのは当たり前のことで、それは修正意見がつかなくとも、自主訂正で変わるのは認められます。ところが、荒井信一さんたち8人の指摘した「51カ所の誤り・問題点」のうち「征台の役」だけは、「台湾出兵」に変わっています(これにしても、不思議なことに年表の「征台の役」はそのままで、本文の項目見出しと本文記述だけ変わっているのです)。「朝鮮への出兵」では、本文の最後に、( )書きで「このころ、朝鮮の陶工によって陶器の技術が伝えられ、茶の湯の発展にもつながった」という文章がつけ加えられているのです。修正意見もつかないのに、自主訂正でこんなことはこれまでやれなかったはずです。明らかに間違っている部分の記述について、「正誤訂正」を申請して認められるはずなのですが、扶桑社本は勝手にいくつかの箇所を訂正して、見本本を作ったようです。それを文部科学省も認めているのです。
 今日、急いでめくってみて、そんなことに気がつきましたが、まだほかにもあるかもしれません。まさしく、扶桑社本は、文部科学省のあと押しをうけて合格にこぎ着けた教科書だと思います。「20年古い」印象です。展示会や学校巡回で、私学では送られてくるはずですからゆっくりとごらんになって、勝手気ままに変えている部分を探してください。なお、扶桑社本について、5月17日付報道では、歴史569カ所、公民388カ所の修正がされたとの報道がありました。
(2001/5/17)
★出版労連よりのお願い
 出版労連からのお願いです。全国各地で採択制度の改悪が進められている問題について、状況を集約したいと思います。ご協力のほど、よろしくお願いいたします。

@都道府県名、採択地区名
A学校票制度の有無(存続か、廃止か、もともとなかったか)
B学校票制度がある場合は、その扱いはどうなったか。
C調査委員会の構成(校長・教頭、現場の先生の人数がそれぞれ何名か、など)
D審議委員会などの構成(同上)
Eいわゆる「絞込み」の扱い(残っているか、廃止されたか)
F教育委員会への報告は順位付けするのかどうか
G採択制度変更の教育委員会の「通知」などの日付
H当該採択地区の議会での「つくる会」などによる請願・陳情の提出および採択の有無
I当該採択地区は前回と同じか分割された新地区か(新地区の場合は、いつ分割されたか)
Jその他、特記事項
<返信先>n-yoshida@mtg.biglobe.ne.jp
(2001/5/16)
★東京 男性
 5月5日(子どもの日)、好天の東京都江東区で、「世界の子どもの平和像ついに完成のつどい」が、約300名の参加で、盛大に行われました。まずは12時、第五福竜丸展示館前に集合。ここは、高校生たちが平和像設置場所にもっともふさわしい場所と考え、東京都に要望した場所です。これに対して、東京都は「都民の支持を得られるか」などと難癖をつけ、福竜丸展示館前への平和像設置を拒否し、今日にいたっています。福竜丸展示館では、胎内被曝をされた里見香世子さんのお話をうかがいました。その後、バスで15分弱移動して、仮設置された政治経済研究所前にて「世界の子どもの平和像(東京)」の除幕式でした。政治経済研究所は、東京大空襲の記録を続けている早乙女勝元さんらが、民間の戦争資料センターを建設しようとしているところで、現在はプレハブの「研究所」です。その建物の前に、道路に面して、子どもの平和像が仮設置されました。約300人が二車線道路の一車線にあふれかえる中でのセレモニーでした。NHKとフジテレビのカメラのほか新聞も数社取材にきていました。セレモニーでは実行委員長の高校3年生白神さんの挨拶が特に印象的でした。この活動を続けながら、いつも二人の自分がいたこと。平和を願い、一生懸命に活動する自分と、そんなことをしても無駄、と語りかける自分。そんな中で、仲間と共に学習を重ね、頑張ってきたことが語られました。いつものセリフ、自分たち高校生は過去から未来をつなぐ、歴史のバトンランナーなんだ、ももちろん盛り込まれました。平和像の所在地は以下のとおりです。ぜひ、一度足を運んで、素敵な平和像をご覧下さい。
<所在地>
東京都江東区北砂1−5−4 財団法人政治経済研究所
tel03−5683−3325 fax03−5683−3326
最寄駅:都営地下鉄新宿線「住吉駅」より徒歩20分
     営団地下鉄東西線「東陽町駅」より徒歩20分
     JR錦糸町駅南口 都バス3番「東陽町行」乗車
                 「扇橋2丁目」下車8分
なお、平和像脇には次のような文字を刻んだレリーフがあります。
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 平和を育む 目をそむけません   過去の苦しさ  いまの世界から決意します 核兵器も戦争もない二十一世紀をつくることを走りつづけます 世界の平和を願う歴史のリレーランナーとして 未来へ
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 「世界の子どもの平和像」は、平和を願う私たち子どもからあなたへ、あなたから未来へのメッセージです。この子どもの平和像をつくる活動のきっかけは、広島にある「原爆の子の像」の話をきいて感動したアメリカの子どもたちが1995年に「子どもの平和像」をたて、「世界中に子どもの平和像をたてたい」とよびかけたことにあります。私たちは、(中略)戦争や核兵器の悲惨さ、平和や生命の大切さを学んできました。そして平和を願うたくさんの人々の思いを受けとってきました。だから、この平和像に「核兵器と戦争のない21世紀を」「ひとりひとりの人権が大切にされる社会を」「差別や貧困のない世界を」という私たちの願いをこめています。歴史の真実を学び、考えましょう。それは、もっともっと生命が大切にされる未来をつくることにつながるからです。未来をつくるのは私たち子どもです。学び、語り、伝え、ともに平和な未来をつくっていきましょう。
2001年5月5日 世界の子どもの平和像を東京につくる会
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 その後、近くの会館に移り「完成を祝うつどい」。広島で被爆された佐々木禎子さんのお兄さんである佐々木雅弘さんの挨拶や平和像をデザインした高校生阿部可奈子さん、さらには平和像制作者の彫刻家岡村光哲さんからの発言。そして実行委員会の高校生による構成詩「未来へ」の発表、さらにはこの活動に関わってきた高校生の発言、さらには歌(折り鶴、翼を下さい、ケサラなど)と、いつものように時間オーバー。けれど、本当に感動的な会でした。葛藤しながら学び、行動し、そして自分の進路を考え…。高校生たちの瑞々しさ、しなやかさ、たくましさ、そして成長する素晴らしさ、いろんなことを感じました。私自身はほとんどこの運動に関われなかったことを、あらためて残念に、そして後ろめたく感じてしまいました。平和像は東京だけでなく、8月6日には広島の市民球場近くにもできるそうです。東京では目標の1000万円のカンパを、高校生たちが様々な集会に出かけていって集めました。広島は、これからがカンパの正念場とのことです。
(2001/5/16)
★北海道 女性
 5月15日から札幌は展示会です。13日に扶桑社の教科書を見ました。本当にタイトルが「新しい歴史教科書」なのだと知ってびっくり。印象は、「急いで作ったんだなあ」。 8社で唯一、A5版の従来通りの300ページ。どうするんだこの量。内容構成は、まあ今までとさして変わらず。天皇と戦争の記述さえ変えられればいい、っていうぐらいのもの。まあ今回検定通過、発行になったので、あとはゆっくりビジュアル的にも改訂するつもりでしょうが、まずは新鮮な印象はなし。ニニギノミコトがどうしたこうしたーとびっしり本文になってるんで、「これ生徒に読ませるンか?」とその神経を疑う・・。以前も指摘したけど、蝦夷やアイヌについては「反乱を鎮圧」という表現でほぼ描かれているし、「島原の乱」だし、教科書記述としては15年分ぐらい古い印象。でも何よりも、教科書のはじめの文章と、終わりの文章の印象が強い。はじめはよく話題になっていたが(歴史は科学じゃないとか)、終わりの文はくどいぐらいに、誇りを持てなくなった日本人を悲観し、嘆いている。でもその理由の分析が、安易な西洋への理想化が原因と言い切る浅はかさ。言葉遣いも含めて、本当に子どもに直接語ることのない方が書いたんだろう、と思われる。未来に向けて元気のでる言葉が何もない、悲観的なまとめでありました。
(2001/5/14)
★京都 男性
 教科書情報が手に入りましたので紹介します。
 遠山敦子文部科学大臣は就任直後、検定合格した教科書の修正はあり得ずと言明しました。これが韓国をはじめとするアジア市民にどれほど落胆と怒りを与えたかを、ご本人はもちろん政府内で自覚している官僚・議員は皆無のようです。この姿勢は自治体も同じです。日韓市民が共同で教科書問題に取り組んでいる一方で、教科書問題を理由に文化交流の取り消しや延期などがつづいています。現在多くの自治体が韓国各地と姉妹都市縁組みなどを結び自治体主導による文化交流がなされていますが、拒否通知に対し自治体では自らの歴史認識を省みることなく、ただ「残念だ」「『政治問題』が沈静化するのを待ちたい」などと傍観するのみです。このような高圧的な態度は、日本政府と同様、根底にアジアに対する植民地支配的思想が温存していることを表すものです。日本政府の変わらぬ無礼は、いやが上にも韓国市民の反日感情を高め、韓国では与野党一致して対日姿勢を硬化させて政府を突き上げていますが、これから政府間のみならず自治体レベルでも韓国からの議員団訪問などで歴史認識や日韓友好の真の価値が問われようとしています。
 また同大臣は子どもには伸びる子どもと、そうでない子どもがいると決めつけているようですが、子どもは工作物ではありません。確かに国が使いやすいように子どもたちを工作するには侵略の歴史は不要かもしれません。しかし文部科学大臣自らそれを認めるならば、子どもの権利条約、憲法、教育基本法に反し、人権を蹂躙する教育姿勢です。文部科学省は大臣の名で教科書と認めたにも関わらず、あたかも教科書出版側に責任があるかのような態度です。しかし検定制度は国の教育権を示すものであり、検定基準には国家責任があります。日本史も世界史の一部なのですから、検定結果が出た時点で政府には、少なくとも検定済歴史教科書の内容に関して関係諸国が納得できる歴史認識に基づいた説明責任があり、それができなければ方針を根本的に修正しなければならないはずです。外務大臣や野党らのリップサービスでことが収まるような段階はとうに過ぎ、政府や国会の姿勢をただすことが求められています。
 中国は一貫して日本政府に「実際の行動」を望むとしていますが、これはアジア諸国民の共通した主張です。それを回避しようとするのは、戦時の慰安所施設の設置に国が関与したことを否定し、国が設置を許可した企業が公害を出しても国の責任を認めずにきた体質と同じです。そしてそれらを覆してきたのは官僚でも大臣でもない市民です。同様に教科書問題に対して、多様な角度からの市民の取り組みがつづいています。
 今、各自治体では、教科用図書審議会で「学校教科用図書採択要綱(採択基準)」などの改訂がすすんでいます。歴史改ざん勢力が提出した「教科書採択制度の改善」の求めに呼応するごとく教員の教育権を排除する内容になろうとしています。教科用図書審議会は採択基準案、採択方針案、採択資料案などについて審議をします。教科用図書選定審議会規則は自治体ごとに定められていますが、多くは同規則により調査員は教育委員会が任命します。選定審議会や調査員は、教育委員会に意見を述べ、参考資料をつくる組織だから、絞り込みすることなく、教育委員会が最終的に教科書を決定すべきだというのが同勢力の主張です。教育委員会は「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」に基づいて設置され、教育事務を執行する機関として、地方公共団体の長から独立して自ら決定権をもち、教育委員会の職務権限として「教料書その他の教材の取扱いに関すること」があります。しかし教育委員会の任務は地域の教育環境を整えるための事務的措置を行うことであって、教育内容に直接関わる教科書の決定権まで有しているかは、教育基本法第十条「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである」「教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない」に照らしても法的な問題を生じることです。
 1999年第145国会で「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」が成立(2000年4月1日施行)し、地方分権推進委員会の勧告を受けて策定された「地方分権推進計画」(99年5月29日閣議決定)に基づき、関連法475本が一括して改訂されました。文部省(当時)関係法律については、中央教育審議会の答申「今後の地方教育行政の在り方について」(99年9月21日)等に基づき21本の法律を改訂しました(教育委員会制度の在り方等の見直 しについては「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」「公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律」)。その趣旨は教育行政における国、都道府県、市町村の役割分担を見直し、「対等な」協力体制を構築し、保護者や地域住民の多様な意向をより一層的確に教育行政に反映させ、指導等を文部科学大臣の「地教行法」による義務付けを廃止し、必要に応じて指導等を行う法的拘束力のない本来の「指導・助言」にとどめるというものです。改ざん勢力が、自治体の採択基準の改訂は、同勢力の「国民運動」によるものと「地域住民の意思」を強調するのはこのためです。しかし教育委員会が 「保護者や地域住民の多様な意向」とは言い難い政府自民党と深い仲にある保護者・住民のみに追随したならば、教育委員会が公僕たるを捨て、武装国家ならんとする日本政府の下僕と成り下がるものであり、地方分権ともほど遠く、その結果子どもたちへの被害甚大であろうことは火を見るより明らかです。
 なお今国会には教育関連六法案が提出されています
(http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/index.htm)が、これにも多くの問題点が指摘されています。そして今後、歴史改ざん勢力の扶桑社刊教科書採択の実働組織として、「新しい歴史教科書をつくる会」「教科書改善連絡協議会」に加え、より地域に密着している青年会議所OBを中心に組織した「教科書採択問題を考える会(松山政司会長)」が、威力を発揮することが予想されています。すでに北海道、茨城、京都などで活躍していますが、「青年会議所(20歳〜40歳の会員約54,000人)」は全国に750を越え、その中には「教育改革プログラム実戦委員会」が組織されており、「考える会」では小林よしのりさんや、かつて青年会議所会頭を務めた自民党国会議員麻生太郎さんなどとも密接な関係を持って、採択活動を展開しています。
 文部科学省では、各都道府県教委に住民を加えるよう通知しています。ほとんどの自治体でいまだに法的拘束力があるかのように、何ら配慮もないまま追従しています。すでに教育委員などに青年会議所OBが少なからず就いていますが、今後特定の意図をもった住民や保護者として採択に直接加わる可能性も否定できません。(日本青年会議所・教育改革プログラム実戦委員会 (http://www.jaycee.or.jp/2001/er/index.htm

 「新しい歴史教科書をつくる会」は財界から多くの賛同と資金を得て活動してきました。「教科書改善連絡協議会」にも、財界人が役員を務めています。そして財界のホープらが「教科書採択問題を考える会」を結成して「つくる会」教科書の採択に動いています。最近、かつてないほどの友好的な韓国関係を背景に中小企業が韓国社会に活路を求めていますが、教科書問題はその交渉にも影を落としています。歴史改ざん勢力の動向が不況を増進するような事態に至っているにも関わらず、侵略の史実を抹殺する歴史の改ざんに財界が同調し、さらには改ざん勢力として「国民運動」にも主体的に関わるということは、外交交渉による経済の国際化から脱し、日本とアメリカしか持てない高価で強力な攻撃軍艦であるイージス艦を乗り入れて武力を持って経済侵略の道を進むという意図をアジア諸国に明確にしたものと受け取っていいものです。
 「つくる会」では、扶桑社刊の教科書を一般書店で販売したい意向も表明しています。収益の関係もあるでしょうが、「つくる会」での教科書採択に向けた「基本戦略」の中に「教育荒廃の根本要因の一つに教科書の偏向問題があり、その是非こそ教育再生の第一歩であることを広く国民各界各層に訴える広報宣伝活動を推進する」として、子どもたちだけではなく、教師や保護者にも教科書を手渡したいとしています。すでに「パイロット版」や「国民の歴史」などで取り組んでいますが、販売分野は限られます。検定済教科書となれば、保護者も興味を示すだろうというところでしょう。また教育基本法で育った教師がおいそれと「教育勅語」を教えられるはずもなく、教科書採択によって同時に参考資料もそろえることになりますから、まずは国家から「感謝」される子どもをつくれる教師を育てようという考えかもしれません。 小中学校の教科書やそれに付随した指導書や一部の副教材は、採択事務も含めて公費によってまかなわれます。自治体が公費をもって「少国民」教育に荷担することを住民として座視するわけにはいきません。(2001/5/7)
★埼玉 男性 ………デモ行進と会場外へあふれた皆さん(添付写真
 東京・日比谷公会堂で行われた「5月3日憲法集会」に出かけてきました。天気は小雨でおまけに肌寒い。「これじゃあ、人は集まらないんじゃないかなぁ。ましてやこれだけ『右傾化』が言われる中、『憲法集会』で人がどれほど来るかしら?」と余計な心配をして行きました。地下鉄の日比谷駅を降りると、日比谷公園の向こうから右翼の複数台の街宣車による大音量が聞こえてきます。「けんぽーかいせー(憲法改正)!、けんぽうきゅうじょうふんさーい(憲法9条粉砕)!」。一方で、会場付近にはなぜか長蛇の列。「まさか・・・」と思ったら案の定、憲法集会に参加しようと集まった人・人・人・・・でいっぱい。すでに会場内には入いれなくなっていました(5000人も集まったのでした!!)。マイクを通じて外でも中の様子が聞こえるようになっていました。
 加藤周一さん「憲法を『護る』ではなく、『育てよう』。憲法は『その国がめざそうとする目標』を定めたもの。平和がいい・戦争はイヤ、人権の尊重、民主主義。これらが日本国憲法の定めた『目標』である。それを実現させることこそが『誇り』を生みだすことである」。
 澤地久枝さん「戦後60年近くも政府の戦争による戦死者を出していない事実を重く受け止めよう。すべての国と平和条約を結び、50年かけて肥大化してしまった自衛隊は、時間をかけて『緊急援助隊』へ改組しよう。軍事費を削れば、教育・福祉を充実させることができ、なおかつ、おつりが戻ってくる。組織や立場の違いを超えて『私の意志はこうである』と考え、主張しよう」。
 土井たか子さん「兵庫県出身の斉藤隆夫代議士は『反戦演説』(1936年と1940年の二度あり)で知られるが、弱い立場の人たちのことを考える『人権主義』を貫こうとした人だった。昨今の国会では、戦争への道を『しかたない』と思わせる空気が日に日に強まっている感じだ。当時の斉藤代議士はどんな思いで国会で演説したのだろうと、考えさせられてしまう様な状況だ。小泉さんが首相になり、「改革が実現する」と思われているが、その「改革」とは何か。憲法の前文を変え、9条を放棄し、人権・権利の条項を減らして義務を増やそうとするものである。「首相公選制」は議院内閣制の民主的手続きを否定するもので、甘い見通し、危険な発想である。問題はある日突然起こるのではない。深く浸透してあきらめざるをえない状況になってから起きてくる。首相公選制はその第一歩となるもので、とうてい許せない」。
 志位和夫さん「小泉さんは首相就任直後、『いざと言う時に命を捨てようとする者に敬意を払えるよう、自衛隊をきちんと憲法に明記できるようにしたい』旨を語った。最初に語る言葉でこんな主張をすることからも、この政権のめざそうとすることがわかる。しかも『集団的自衛権の行使ができるよう』研究するという。1999年に成立した『戦争法』だが、これはやはり制約が多い妥協の産物で、使い勝手が悪いものになっている。すでに2001年当初、山崎拓さんと中谷元さんは、アメリカ政府高官と会談していて、その際「集団的自衛権行使ができるようにする」と『公約』してきており、その人たちが小泉内閣の重要ポストを担っていることを指摘しておきたい。『集団的自衛権』と言っても、要するに日米が共同で海外での戦争をしやすくすることである。日米安保から憲法へ軸を移した世の中にする21世紀を築いていこう」。
 16時から、多くの民主団体と一般市民、さらに共産党代議士や、社民党代議士の若きホープ(?)保坂さんや辻元さんらとともに、銀座までのデモ行進。途中で何回も品の無い暴言をがなりたてる右翼の街宣車がおり、デモ行進に乱入しようとする右翼の若者の姿もありました。 国民は、人々は、「戦争できる国にしたい」とは思っていない。しかし現在の政権党は「戦争できる国にしよう」としている。それに乗っかる右翼の若者たち。「歴史教育」「社会科教育」の研究・実践・運動がまさに大きく求められていると実感しました。さらにこんな悪天候にも関わらず、「平和憲法をなくしてなるものか」とこれほど多くの共通の思いを抱いている人たちがいることに勇気づけられ、心熱くなる、快心の集会でした。(2001/05/03)
★<京都・男性>
 入学式当日、分会作成のビラ(入学の祝いと歓迎の言葉、日の丸・君が代の問題点と分会の見解、特にその強制に反対する意見を表明)を全教職員に配布し、入学式開始1時間20分前から1時間、校門前で入学生、保護者に配布しました(府高本部作成の子育てパンフとともに)。もちろん、その1時間は年休を取っての取り組みです。校門では女性3名を含む全部で8名の配布体制となり、元気よく配布しました。10時からの式に間に合うように教職員席に座っていると、なんと、事務部長が保護者席に座っています。隣にいた組合員の仲間にいわれて気がついたのですが、「何であんなところに・・・」と思っているうちに式が始まりました。起立の状態のまま「国歌斉唱」となり、何名かの教職員が着席しました。われわれよりステージに近い1年担任団は、と見ると、ほとんどが着席していました。「君が代」の時はこんな様子だったのですが、式後、分会役員がそろった時、「事務部長は保護者席で、メモを取っていたよ。気がついて指をさすと、あわてて片付けた」との報告もありました。
 昼休みを待って事務部長に声をかけ、入学式でのことを確認すると、まったく悪びれもせず、保護者席に座ったのは教職員が見える位置だからで、「なぜわざわざ教職員が見えるところに座ったのか」と聞くと、「国歌斉唱」の時、誰が着席したかを正確に把握するためと答えました。「何でそんなことをあなたがするのか」と聞くと、「(府教委や校長から)聞かれた時に答えられるようにしとかんといかん」「これは私の職務と考えている」と答えました。「では、教育委員会か校長からチェックするように指示を受けたのか」と聞くと、「指示は受けてないが、校長には(自分が式の時に確認することは)言ってある」と言い、同じことはこの間の卒業式でもしていたと、自分から言い出す始末。教職員や保護者の思想・心情の自由があることはわかっている、いやな思いをさせることもわかっているが、「わりきってやっている」と反省する様子もなく(かといって突っ張っている様子もなく)と事務部長は言いました。
 私はこの事務部長との話の後で、アイヒマン裁判を描いた映画「スペシャリスト」を思い出しました。彼は決して事務能力においてスペシャリストといえるような人ではありませんが、このような姿勢と行動をとる人間こそが、学校における権力的、管理的体制を加速させる一方、その結果については、それがどのような結果を招こうとも「私には責任はない。職務を果たしただけだ」と責任逃れをするのだ、と思わざるを得ませんでした。
(2001.4.10)
★<東京・男性>
 2001年4月の異動で、58才、59才の異動が強行された。この中に自己申告書不提出の者も含まれている。校長の人事で都から校長といういう人事は前からあったが、日比谷、西などに二人教頭とともに、管理指導主事が校長になりだした。都直轄管理で個別高校が支配されるシステムという話題がでている。既成の「校長会」は、「教育改革」の障害物でしかないという認識のようだ。新勤務評定が一年の経過をへて、いよいよ賃金と連動しはじめる。賃金で差別されない教職員の職場づくり、学校づくりを生徒、保護者とともにつくるしかない。本当に歴史にためされているという実感がある。(2001.4.10)
★<東京・男性>
 三鷹でも青年会議所を中心にして「つくる会」の教科書を採択させようという動きが出てきました。3月には、小林よしのりを青年会議所がよんで、話を聴いて、結束を強めています。青年会議所の集まりは、全員黒のスーツに胸に日の丸のワッペンという右翼まがいのいでたちでした。君が代斉唱から始まり、小林の講演、質疑応答では、反対派の市議会議員の発言で小林はカッとなったようでした。まさか反対派が参加しているとは思わなかったのでしょう。都教委は「国民の自覚を促がす教科書を採択するように」と通知を出しています。このままでは、東京でも必ず採択が出ると思われます。この前の教科書攻撃の時は、日教組もがんばって、確か武道館で大きな感動的な集会をやりました。武道館がたくさんの人でいっぱいで熱気あふれる集会でした。本当は、そんな大きな取り組みが必要とされている状況なのですが、・・・。せめて自分たちの手作りの集会をやって、私の街では採択させないという思いで計画しました。近隣の皆さんも、ぜひおいでください。交流しながら、運動を作っていきましょう。
★<京都・男性>
 いよいよ新学期が始まります。ということは、また入学式があるということですが、「日の丸・君が代」問題にかかわって京都のX高校の様子と分会の取り組みを簡単に紹介します。職員会議で入学式の式次第や役割分担が示されるのは、4/3でした。報告事項です。(前任校では協議事項の扱いでしたが、今は報告事項での取り扱いが多いと思われます)。その際、この問題で多少なりと、みんなで教育論議ができればよいのですが、残念ながらこの数年、私一人が校長にその教育的意義と取り扱いを質し、参加者に強制しないことを求めるパターンが続いています。
 みんなは掲揚や斉唱に同調しているのではないのですが、「言ってもどうしようもない」気分や分会役員(この場合、私)に代弁してもらおうという気分が蔓延しているようで、会議での論議は活発ではありません。
 しかし、分会としては毎年、入学式、卒業式には独自の生徒・保護者向けのビラを作って、式の当日、1時間年休を取って校門前で配布しています(7〜8人ぐらいで)。その内容は分会員に事前に案文を配布して意見を聞き、毎年若干の手直しをしてその年のバージョンを作っています。今年の内容(枠組み)は以下の通りです。

<タイトル>
新入生、保護者のみなさん、ご入学おめでとうございます
<小見出し>
新しいX高生を心から歓迎します
日の丸・君が代について
私たちは日の丸・君が代の強制に反対します
国旗・国歌として法定された日の丸・君が代ですが・・・
戦前の日の丸・君が代
戦前の日本と今日の日本との大きな違い
今日の日の丸・君が代の強制が意味するもの
<挿入資料>
茨木のり子作 「鄙ぶりの唄」
「何も言えない時代にさせないために」
   「心の強制を許さない市民ネット」リーフレットより

 4年程前は、入れ替わり立ち代り校長、教頭、事務部長と3管理職が校門にやってきて、ビラ配布の様子と人員チェック(年休との突合せもするのでしょう)をしていましたが、この数年はそんなこともありません。この2年ほどは完成したビラを、入学式の前日の始業式の日に全教職員に配布するようにしています。この問題に対する分会の考えとやっていることをみんなに知ってもらい、この問題をともに考えていく一つの機会とするためです。
 ビラは入学式にあわせてピンク(さくら色)の色紙で、B4裏表刷りです。ちなみに卒業式の時は黄緑色です。この色紙ビラの間に、2年前からその年の「日の丸・君が代」関連の記事や社説、市民の投書を裏表印刷した資料ビラ(B4ざら紙)を入れて配っています。盛りだくさんといえばそうなのですが、入学式の待ち時間、退屈な祝辞などを聞いている合間に開いて読んでもらうこともできますし、家に持ち帰ってじっくり読んでもらいたいという思いもあります。歩きながら読んでもらうビラの作りではありません。入学式のビラ配布の時には、京都府立高教組作成の「子育てパンフ」という小冊子を一緒に配っています。
 少々長くなってしまいましたが、「日の丸・君が代」の押し付けと習慣化が進む中、各校の取り組みの交流が少しでもできれば、と紹介させていただきました。