(決議)道徳の教科化に強く反対し、日本国憲法の精神に立脚した教育を実現しよう

By | 2017年9月26日
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  学習指導要領の「改正」に伴い新しく設置された「特別の教科である道徳」(以下「道徳科」)が、来年度より本格実施より2年早く順次開始されていくことになりました。道徳が教科化されることになったのは、2011年10月の滋賀県大津市で起こったいじめ事件がきっかけとされています。が、実はそれ以前から道徳教育を「充実」させる動きは存在していました。例えば「道徳教育推進教師」を設けたり、『心のノート』や『わたしたちの道徳』を文部科学省が編纂したりしたことはその一例です。にもかかわらず、教科化に踏み切ったのは学校現場に文部科学省などが意図している道徳教育が浸透しなかったためなのです。また、2006年に教育基本法が「改正」されました。今回の道徳の教科化の成立には、この教育基本法が大きな推進エネルギーを与えました。また教育再生実行会議の役割も大きかったといえましょう。両者とも戦争のできる国づくりに邁進する安倍政権下において行われたことに、私たちは目を向ける必要があります。
    では、「道徳科」は今までの「特設道徳」とどこがどう違い、何を狙っているのでしょうか。
    第一に、教科化されるということは、教科書が使われることになります。教科書は学習指導要領に則って作成されます。その学習指導要領に列挙されている20余りの項目(道徳的価値観)が、学習のねらいとなり、教科書を用いて学習することになるのです。新しく作られた教科書が公表されたとき、各メディアは「パン屋」が出てくる箇所に「『学習指導要領に示す内容(伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度を学ぶ)に照らし扱いが不適切』と検定意見がついた」と一斉に報じました。「道徳科」が一定の価値観をすりこもうとしていることが、明らかになったよい例です。このように「道徳科」は、愛国心教育を国家が強要し、自分で判断する能力の芽を摘んでしまう道徳的価値観を学習する教科なのです。
    第二に、評価が行われます。評価の仕方は数値化することは避け、文章による記述に留めると説明されています。しかし、その記述の仕方は、学習活動の様子を書くのではなく、子どもの変容に力点を置いて行うように説明されています。教科になるということは、評価規準が作成され、それに照らし合わせて評価がなされます。その評価規準が、すでに特定の道徳的価値観を含んだものになっていることに目を向ける必要があります。つまり、特定の道徳的価値観に照らし合わされた評価が行われるということになるのです。
    第三に、「筆頭教科」としての位置づけがなされます。2017年6月に公表された『小学校学習指導要領解説総則編』には「道徳教育推進上の配慮事項」という節が設けられて、全体計画の作成から各教科・外国語活動・総合的な学習の時間・特別活動の教育活動にいたるまで道徳教育との細かな関連が懇切丁寧に記述されています。「道徳科」実現に関わった委員の一人は、改正教育基本法の教育の目的の一号に書かれていることは「知、徳、体は並列ではなく(中略)人間として求められる道徳的価値意識を培う徳の教育が基盤となって、知育、体育がある」と述べています。教育活動全体が、「道徳科」を中心とした道徳教育の理念を上位において展開されようとしているのです。
    教育勅語の内容を再評価し教材化することに何ら問題も無いとする政治家の発言も合わせて考えると、「道徳科」を中心とした新学習指導要領下の道徳教育は、戦前の修身が果たしてきた役割を担う存在であるといえましょう。私たちは、これから展開される道徳の教科化に伴って行われる道徳教育に強く反対するとともに、日本国憲法の精神に立脚した主権者を育てる教育の実現を決意します。

2017年8月4日           一般社団法人歴史教育者協議会 会員集会