投稿者「温若杉」のアーカイブ

2020年7月増刊号「学び会う「歴史総合」の授業づくり」の読みどころ

 第9次高等学校学習指導要領の告示により、2022年度から新科目「歴史総合」が必修科目として登場します。

 「歴史総合」は、目標として「世界とその中の日本を広く相互的な視野から捉え、現代的な諸課題の形成に関わる近現代の歴史を理解する」ことを掲げ、近現代の歴史の諸事象の意味や意義、特色などを比較したり、相互の関連や現在とのつながりなどに注目して、考察し、歴史の中で形成されたさまざまな課題を把握し、解決を視野に入れて構想する力、説明したり、議論する力を養うことと述べています。

 本特集では、歴教協の授業実践の蓄積に学びながら、「歴史総合」の構成要素である「歴史の扉」「近代化と私たち」「国際秩序の変化や大衆化と私たち」「グローバル化と私たち」「現代的な諸課題」という5つの観点に立って、具体的な授業づくりの構想を提示します。全国の学校で生徒と教員がともに学び合いながら、豊かな「歴史総合」の授業づくりが進むことを期待します。

2020年7月号「一帯一路と東西交易」の読みどころ

 世界第2位の経済大国となった中国は、広域経済の発展をめざすとして、近年、「一帯一路」を推進していますが、さまざまな問題も抱えています。

「一帯一路」の通過点で、東西交易路の要衝であった中央アジアと遊牧民の生活の実情など、従来の「絹の道」や「海のシルクロード」にとどまらない観点から、東西交易の歴史と現在に目をむけて特集しました。(北田)

編集長日記(14)をHPにアップしました!

 編集長日記(14)「11月号増刊号はコロナ感染問題を特集しました!!」をHPにアップしました。緊急事態宣言前後からの学校、地域、人々の抱えるさまざまな問題について考えます。ご一読頂き、これからの編集企画にご意見頂けるようにお願い申し上げます。(若杉温)

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編集長日記(14)「11月増刊号は、コロナ感染問題を特集します」

編集長日記(14)2020/05/26

「11月増刊号は、コロナ感染問題を特集します」

〇首都圏や北海道でも、緊急事態宣言がようやく解除されました!!

 そろそろ、全国の会員の皆さんに『歴史地理教育』の最新号の6月号がお手元に届いていると思います。今回もコロナ感染のため、発送はボランティアの方の手を借りずに、事務局だけで行いました。緊急事態宣言はようやく解除されましたが、すぐにかつての日常が戻るわけではありません。私の勤務する千葉県の県立高校では、6月は分散登校で、クラスを2つに分けて、午前午後で生徒はどちらかで登校して、教員は同じ授業を2回実施する予定です。一番の不安は、グループ学習などの生徒同士の話し合いや教師の問いかけを“自粛”して、同じ方向に生徒を向かせるようにという“要請”です。この間まで声高に叫ばれていたアクティブラーニングの導入はどこにいったのでしょう。しかも緊急事態の一時的対応と思っていたら、これからはこのような対応が恒常化する“コロナ時代”だそうです。

 緊急事態宣言の発令前後から、4月号、5月号、6月号と『歴史地理教育』は何とか刊行を続けることが出来ました。執筆者の方々はもちろんのこと、直接編集作業に携わられた事務局員、常任委員の編集担当、そして印刷所、外部編集者の方々に深く感謝します。特に、この6月号をもって、約10年に渡って編集の実務を担って頂き、原稿のレイアウトをはじめ、内容の閲読までして頂いた外部編集者の方が交替されました。これまでのご協力に改めて感謝します。『歴史地理教育』は社会科教育、歴史教育などに関する学術誌として、一定の水準を保つべきとして、温かくも厳しいご意見を、編集作業を通じて頂き、緊張感をもって、編集企画を進めることが出来ました。ありがとうございました。

〇4月号は万葉集と記紀、5月号は憲法、6月号は沖縄を特集しました

 この間、『歴史地理教育』もコロナ感染に関する論稿を掲載すべきという声をいろいろな方から頂きました。特集なども非常事態なのだから、年間予定に拘らず、大きく変更してもいいのではという話もよく伺いました。しかし、実際は、4月号は年度の始めということで定番の古代史で、「令和改元」で話題の万葉集、そして成立1300年という古事記・日本書紀、5月号も定番の憲法記念日を意識した憲法の人権特集、そして6月号は沖縄戦の公式的な終結の月の6月を意識して沖縄戦後の歴史問題を特集しました。3回続けての定番といえば定番の企画です。だからこそ、緊急事態でも刊行できたという自負と、このままでいいのかという葛藤の狭間での編集でした。それでも3月増刊号で口絵写真に小泉元首相を登場させたり、4月号で記紀神話を特集したりと、これまでの『歴史地理教育』の枠を破る企画を実は進めてきました。コロナのお陰であまり注目されなかったようですが。

〇これからコロナ感染問題を積極的に取り上げます

それでも、6月号から感染症の授業報告や緊急事態宣言前後からの学校の休業による現場の混乱の報告などを順次掲載して行きます。そして全国大会の順延もあって、大会報告号に例年当てている11月増刊号で、「コロナ感染を生きる」(もちろん仮称)という特集を企画します。早くやれよと思っていたという声が聞こえそうですが、この決断はかなり厳しいものがありました。東日本大震災・福島第一原発事故以来の企画変更の特別号です。そして、震災・原発以上に厳しい条件があります。というのは、外出もままならないので、本屋1ついけません。編集会議も開けません。全国すべてというか世界全体が混乱していて、すべての地域、すべての人々が被災者です。誰が執筆してくださるか、不安でなりません。先日、原稿依頼したある研究者の方から図書館も閉鎖されていて、執筆は簡単ではないとお聞きしました。言われてみれば当然のことです。

 ただ、今回のコロナ問題ほど、私たちの社会が多くの問題を抱えていることを浮き彫りにした機会はないのではないでしょうか。アベノマスクの配布、ホームステーを求める首相の自宅での様子を伝えるインスタグラム、そして擦った揉んだで決まって中々支給されない一律10万円支給など、どれも国民のニーズに的確に応えているとは思えません。このズレはどこからくるのか。やはり、普段から国民の意識や生活からズレた政治が行われてきた結果というしかないのではないか。そこでコロナ感染自体の問題はもちろん、そこから見える私たちの社会の問題を抉り出す、そんな特集を構想しています。(若杉 温)

2020年6月号「沖縄の戦後 いのち・基地・女性」の読みどころ

 沖縄戦から起き続けていたことを知ることは、沖縄のいまを理解するために、とても大切なことだと思います。

 鉄の暴風を生き抜いた人びとの、収容所での壮絶な体験。米兵による性の蹂躙。それらに抗して米軍基地の不条理と戦った島ぐるみ闘争。そして、日米安保に翻弄される人びとの生活。

 これらについての論稿から沖縄の戦後を明らかにする、そんな特集を組みました。(黒田)

編集長日記(13)「歴史地理教育2017年8月号に、4月10日に亡くなられた大林宣彦監督のインタビューが載っています」をブログにアップしました

 編集長日記(13)「歴史地理教育」2017年8月号に、4月10日に亡くなられた大林宣彦監督のインタビューが載っています」をブログにアップしました。癌との闘病生活の中で、「もはや戦後ではない、戦前だ」との思いで、戦後の歴史や近年撮影された映画について語りながら、反戦平和の思いを縦横に語って頂いています。この思いを多くの皆さんに共有頂ければと思います。大林監督、安らかにお眠りください。合掌

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編集長日記(13)「歴史地理教育2017年8月号に、4月10日に亡くなられた大林宣彦監督のインタビューが載っています」

編集長日記(13)2020/04/29

「歴史地理教育2017年8月号に、4月10日に亡くなられた大林宣彦監督のインタビューが載っています」

〇大林宣彦監督にインタビューさせて頂きました!!

 今月10日に映画監督の大林宣彦さんが亡くなりました。コロナの話題満載の報道の中でも、大林監督が亡くなられたニュースはさまざまに取り上げられて、改めて影響力の大きさを再認識しました。癌との闘病生活の中でも、最後まで映画製作の情熱を持ち続け、新作を撮り続ける様子に、とても感じ入っておりましたが、ついに最期を迎えられたことに謹んでお悔やみを申し上げます。

 実は、『歴史地理教育』では、2017年の8月号で大林監督のインタビューを掲載しました。題名は『未来人たる子どもたちと、映画の学校で、共に歴史を学ぼう』です。

 たまたまSNSを通じて、インタビューをお願いしたところ、快く承諾頂いて、編集委員数名で東京の事務所にお伺いして、2時間を超える長時間に亘ってとても貴重なお話を伺うことが出来ました。2015年に安保法が成立して、「もはや戦後ではない、戦前だ」という自覚の元に、今の平和を若い人々に引き継いでほしいとの思いで、歴教協が反戦平和の教育をめざす教育団体であることをご理解頂いて実現したものでした。当日は初対面の私たちに気さくに話しかけられ、戦後のいろいろな思い出を語って頂いて、とてもこれがあの有名な方なのかと、温かい人柄にとても感動しました。

 しかしながら、私たちがインタビューの録音をまとめた原稿をお送りすると、「これではダメだ」という厳しいご指摘があって、結局、インタビュー形式を残しながら、全面的にご自身で原稿を書き下ろしてくださいました。さすがに妥協をゆるさない姿勢に映画監督の厳しさを感じました。

〇大林監督のインタビューを読み返してみました

 大林監督のインタビュー『未来人たる子どもたちと、映画の学校で、共に歴史を学ぼう』は、副題が「映画は風化せぬジャーナリズム、温故知新の歴史学」となっています。本題も副題も、『歴史地理教育』をよくご理解頂いたものでした。ただ、冒頭学校で教えてくれないことを教えてくれるのが映画だと言われていて、映画のように子どもたちを惹きつけて、伝えるべきことを教えていない学校に強い不満を表明されています。そして、選挙権がありながら選挙に行かない大人を尻目に、最近、駅前で「私たちの未来は、私たちが守ります」というビラを配って平和運動で街頭アンケートをする中高生に、「私たちは、戦前の人間です」といわれたという話から始まり、高度成長の頃でも若者は決してバラ色の未来を思ってはいなかった、そしてそれは実際その通りになって、経済という戦争を戦って父親は単身で戦場に出て行き、母親も働き、自分たち子どもは鍵っ子で銃後を守るということになったじゃないかと言われます。経済的に豊かになっても、その戦いで「心の荒廃」がもたらされたとも指摘されています。

『この空の花―長岡花火物語』と『野のなななのか』は  

 シネマ・ゲルニカ!!

そして、3・11を新たな節目と捉えて、2つの映画を「シネマ・ゲルニカ」として3・11の後、世に送られたと述べて、『この空の花―長岡花火物語』と『野のなななのか』の映画について、制作のモティーフなどについて、詳しく語られています。ピカソのゲルニカになぞらえて映画を紹介される含蓄のある語り口には、戦争に反対し平和を希求する強い意志深いと教養を感じます。『この空の花』の描く長岡の花火は、米軍の長岡空襲を受けた日に、それを忘れずに平和を希求するために毎年打ち上げられているものです。真珠湾攻撃を指揮した山本五十六の出生地でもある長岡市が、ハワイのホノルルと姉妹都市になっている、そのつながりからハワイで花火をあげ、この映画も上映したことを述べて、被害者・加害者の相互理解を目指したことを紹介されています。60年代にアメリカに渡って、激しい反日感情と人種差別を経験されたことで、大林監督はこの試みを相当恐れたことを正直に書かれています。しかし、実際には映画を見たアメリカの高齢の婦人が監督に駆け寄って、「未来の平和をつくる米日の若者にあなたは素晴らしい贈り物をして下さった」といって感謝の言葉を述べられたそうです。そして「この感謝は私の勇気だ」とも言って、それは真珠湾攻撃をした日本人を赦す勇気だというのです。

 『野のなななのか』はソ連の侵攻で8月15日以降も続いた樺太や北海道沖での戦争を描いています。こうした事実も多くの人々が知らぬままに過ぎていて、映画によって知ってほしいということで、このような映画をつくったということです。大林監督は一方で、アメリカの映画にも触れて、戦争の真実が正確に描かれていないことへの危惧も語り、だからこそ、自分で映画をつくり続けていると述べています。

〇大林監督の豊かな感性がインタビューの全文から伝わってきます!!

 この機会にインタビューを読み直してみて、一番感じたのは、全文にあふれる大林監督の豊かな感性とそれに裏打ちされた含蓄のある言葉の数々です。このような文章には、滅多にお目にかかれないと思います。豊かな映像美を追求された映画への姿勢が、語られ綴られた文章の随所に伺われます。最後にその幾つかをご紹介します。詳しくは是非、インタビュー全体をお読みください。

 

 「演技って他人の人生を自ら体験すること」

 「子どもって、「未来人」なんですね」

 「本能は自然界の贈り物。知性に頼る大人より、本能により近い子ど 

  ものが、・・・未来を見通す」

 「映画は、風化せぬジャーナリズム」

 「映画は時代を映す鏡であり、さらには時代を記憶する」

 「(ピカソのゲルニカに寄せて)観察力による記録は風化するが、心

  に感じた記憶は永遠に心に残る」

 「心とは映像が消えた後の、暗闇にこそ残像するもの」

 「総てを忘れては、人は学ぶことができませんから」

 「敵を許す勇気、共に未来を生きようという勇気、それが平和を手繰

  り寄せる力」

 「映画がいつも語る物語はね、人は傷付き合って、許し合って、愛を

  覚える、という人と人との結び付 きの物語」

 「虚構である映画からは、事実以上に真実が見えてくることがありま

  す」

 「過去と未来を結ぶものこそが歴史」

                        (若杉 温)

編集長日記(12)「コロナの中でも『歴史地理教育』は刊行します!!」

編集長日記(12)2020/04/26

「コロナの中でも『歴史地理教育』は刊行します!!」

〇4月に学校が始まらない!!

 かつてこんなことがあったでしょうか。4月というと、新入生を迎えて、多忙な中でも学校がもっとも華やぐ時期です。卒業式の季節である3月の休校も前代未聞でしたが、さらに1ヶ月続くことになるというのは、普段ならまったく想像できない出来事です。

しかし、コロナ感染者数の激増が報道されていた3月半ばから、勤務校の県立高校の職員室では、とても4月から学校を始められないだろうという声が飛び交っていました。3月の休校を決めた時点より、感染状況がひどくなっていたのですから、当然でしょう。それを思い出すと、5月連休明けから予定通り学校が始められるとはとても思えません。それぐらいの感染者数・死者数が東京を中心にした首都圏では増加し続けています。緊急事態宣言が出て、しかも大都市圏から全国に拡大した状況では、まったく先の見通しが立ちません。

 勤務校では、年度初めであったので、課題を生徒に出そうにも教科書も購入していない状況で大混乱でした。当初は学年別に分けて購入日を設けて生徒を登校させる計画でしたが、それも感染リスクがあるので中止となり、各家庭に郵送することになりました。しかし、今時の高校だと生徒は文系や理系など、選択科目がさまざまでひとりひとりがバラバラで、この仕分けと郵送のための梱包が一大作業でした。その後も課題の問い合わせも多く、世間では、生徒が来ないと教員は閑をしていると思われますが、とてもそんな状況ではありません。

〇『歴史地理教育』も休刊?!

 外出自粛の要請を受け、勤務校では先週から在宅勤務が始まりました。歴教協本部でも、諸々の会議は休止して、必要ことはメールや電話でやり取りしています。しかし、編集作業は事務局員が事務所に出勤して続けています。原稿依頼、ゲラの校正、印刷所との連絡など、テレワークでは無理なことが多く、ラッシュなどを避けて、三密に注意して勤務しています。全国の歴教協の会員から会費を頂いて、発刊をしている『歴史地理教育』である以上、休刊することは原則できません。しかし、そのために事務局員を危険にさらすこともあってはならいことで、ロックアウトという事態に立ち至れば、休刊もやむなしということになります。印刷所が営業停止となれば、発刊したくともできません。

 一方、編集を企画する立場からすると、会議で多くの人たちが意見を交換する中で、よりよいものが生まれてくるものであることは、これまで何度となく会議の場で経験してきています。そうすると、デジタルを活用したネット上の会議を検討してはいますが、実務的な情報交換ではできない、創造的な議論を要する編集会議では、未だ踏み出せないところです。(若杉 温)

編集長日記(11)「『平成の30年・ポスト冷戦を問う』は最現代史の1冊です!!」

編集長日記(11)

「3月増刊号『「平成」の30年・ポスト冷戦を問う』は最現代史の一冊です!!」

〇新型コロナウイルス蔓延の今に思う!!

新型コロナ流行を受けて、3月初めに小中高校の一斉休業が始まった頃、3月増刊号が校了になりました。「平成」から「令和」の代替わりを受けて市中に出回る所謂「平成本」に対抗して、最現代史を歴教協の立場から振り返った1冊です。

昨今の政府の場当たり的な感染症対策を、テレビや新聞、あるいはネットなどの報道で見るにつけ、現代の日本の社会が緊急事態に極めて脆弱であることを実感していますが、それがこの「失われた30年」といわれる「平成」の時期に生み出されていったことを、この増刊号が教えてくれます。

例えば、先日の報道で、この30年で地域の保健所が全国で半減し、1989年の848カ所から2018年の469カ所になってしまったことを知りました。保健所といえば、コロナ感染を確認するPCR検査の受付窓口となる感染対応の最前線です。ここが経済効率の名の下に急激に減らされていたのです。まさに新自由主義による資本主義の暴走を如実に示す事実です。

今回の増刊号の論稿では、巻頭のフリージャーナリストの斎藤貴男さんへのインタビュー、経済学の金子勝さんの「バブル崩壊以降の日本経済の三〇年」、国際関係史の木畑洋一さんの「冷戦後の国際関係」、日本現代史の菊池信輝さんの「五五年体制の崩壊から連立政権の時代へ」などをお読み頂くと、格差が常態化して貧困が蔓延している日本社会の混迷が、どのような世界情勢に翻弄され、その中でどのように日本政治が迷走して、経済政策などの失策が積み重なって、生まれてきたかがよく理解できると思います。

そうした「失われた30年」の上に襲ってきた新型コロナには、まったく適切な対応が出来ない政治の貧困は、残念ながら当たり前としか思えない悲しい現実があります。ここからどう日本を再生させていくのか、すべての人々に問われている課題でしょう。そして、上記の研究者などの歴史や社会分析とは別に、地域からの市民運動や学校現場の報告をお読み頂くと、極めて困難な状況の中、子ども食堂を運営したり、原発再稼働にストップを掛けたり、外国人の子どもたちの生活支援などに邁進する人々の真摯な努力がわかり、希望の光が見えてきます。是非とも、それらの地域などの報告もお読みください。

〇「平成」を敢えて書名に掲げました!!

ところで、3月増刊号年号は、発刊前から今後の刊行予定で特集の仮題名をご覧になった会員や、編集委員や常任委員の間からも、歴教協として天皇制そのものである元号を認めるのかという趣旨の批判が数多くありました。しかし、一方で元号が問題だからこそ、今回の特集には意味があるという意見も多数頂きました。この号は、私も直接編集担当として企画案を提案し、執筆者の人選にあたるなどしましたので、こうした反応は想定内のことではありました。というより、こうした対立する反応を敢えて覚悟してでも、「平成」とはどんな時代だったのか、多くの方に関心をもって考えて頂きたいという思いがありました。そのため、「 」づけですが、敢えて元号を表題に掲げました。天皇制における元号の意味については、巻頭論文の歴教協委員長で近現代史家である山田朗さんの「『平成』・『令和』の象徴天皇制と歴史認識を問う」に詳しく述べられていますので、まずは、特集の趣旨を理解頂くために、山田論文から読んで頂くことをお勧めします。

「授業とは、問題提起である」、長年高校現場で「考える日本史の授業」と称して、生徒を主役とした討論授業を追求してきた千葉県歴教協の実践家加藤公明さんがよく支部例会で口にされてきたことです。実は「歴史地理教育」の編集においても、特に特集の企画にあたって、「編集の企画は、問題提起であるべき」と考えています。それは正答主義を乗り越え、どこに問題があるのか、読者と共に考え、読者それぞれがその正解を追究して頂きたいとの思いで特集の企画を立て、編集をしているからです。元号を表題に掲げた本号は特にそうした思いを込めて編集にあたりました。(若杉 温)